八王子由井・陵南が優勝!
「第17回 V9黒江透修 中学校野球大会ナインカップ」レビュー
表彰式(優勝・準優勝・第3位 個人表彰)
第3位・ネグナックオールスターズ
優秀選手
(山口 槙太)
優勝・八王子由井陵南
最優秀選手賞
(由井中・佐藤 善明)
優秀選手賞
(陵南中・首藤 一真)
特別賞
(由井中・窪田 京志郎)
準優勝・新宿牛込ベースボールクラブ
優秀選手賞
(川室 星空)
特別賞
(津田 樹吹)
第3位・開進第二中
優秀選手賞
(福田 航大)
第3位・開進第二中
特別賞
(貝阿彌 陸(カイアミリク))
第3位・ネグナックオールスターズ
特別賞
(鎌形颯希(カマガタサツキ))
優勝 八王子市立由井・陵南中学校
第17回を迎えたナインカップは3日間の日程を無事終了し、八王子市立由井・陵南中学校が優勝しました。
昨年度まで由井中学校所属だった橋本淳一先生が、今年度から陵南中学校に異動しましたが、由井中学校の石井太一先生とのコンビを合同チームで継続し、陵南中学校の吉田龍平先生、由井中学校の氏原崚也先生も加えて、手厚い指導体制が整えられ、都大会常連の強豪となっています。しなやかな腕の振りの右腕3選手がゲームを作り、毎年自慢の強打だけでなく、ここぞの場面ではスクイズ、積極的な走塁、打球への素早い判断の守備など、非常にレベルの高いチームでした。滋賀県の名門学童野球クラブ、多賀少年野球クラブの戦術を参考に、秋まではバントゲームなどでチームを鍛え、冬場は自慢の強打に磨きをかけています。秋の都大会は駿台学園に敗れましたが、都大会上位進出も狙える好チームです。
準優勝 新宿牛込ベースボールクラブ
準優勝は昨年の優勝チーム、新宿牛込ベースボールクラブ。今年の夏の甲子園で見事準優勝した日大三高野球部出身の黒坂和正監督。日大三高の三木監督は高校の後輩にあたり、中学軟式野球と日大三高を繋ぐ貴重なパイプ役も担っています。大会には日大三高の夏の甲子園準優勝記念タオルを寄贈していただき、決勝進出チームの個人賞としてプレゼントさせていただきました。日大三高野球部のグランドで中学校野球部の練習試合を開催するのに尽力するなど、夢のある取り組みをしてきました。決勝戦では、劣勢の中粘り強く戦い、終盤に同点に追いつく素晴らしい試合を展開しました。23区大会も上位進出するなど、冬を越えてさらなる成長が楽しみな好チームです。
第3位 ネグナックオールスターズ(葛飾区)
第3位の1チーム目は葛飾区のクラブチーム、ネグナック。青戸中学校野球部顧問で、GIANTS下町杯中学校野球大会の実行委員長、木村武人先生が監督。桜道中学校野球部顧問の保田美樹先生がGMとしてチームを運営しています。下町だけでなく、長く中学校野球界を支えてきた素晴らしい指導者が魅力的なチームを作っています。細かいサインプレーを木村先生が指導、厳しさの中にたくさんの愛情がこもった言葉で保田先生がチームを鼓舞、中体連でも都大会常連チームを作り上げている名指導者が、高校、大学、その先まで通用する技術、戦術、精神力を鍛えるため、惜しみなく情熱を注いでいます。
第3位 練馬区立開進第二中学校
第3位のもう1校は練馬区立開進第二中学校。近隣の学童野球チーム、向山アパッチ、タイガーホークス少年野球団、開二小ブルーフェニックス(日本ハムファイターズの万波中世選手の出身チーム)と、3チームからの選手を中心に、顧問の初任校近くの大泉桜ファイターズからも選手が加わり、中学校から野球を始めた選手も含め活気のある活動ができています。学童野球の監督やコーチが練習試合の審判をしてくれるなど、保護者の方々の心強い支援に支えられて活動しています。14名の選手全員が、1日2試合のどちらかにはフル出場する形で大会に参加しての価値ある第3位です。
準決勝リーグハイライト
第17回を迎えた大会も、優勝旗を寄贈していただいた綜合エレベーター様、優勝カップを用意していただいただいた富士見スポーツ様をはじめ、多くの皆様のご支援で、中学生に様々な副賞を用意することができました。
昨年に引き続き、大会のOBであるヤクルトスワローズアカデミー、住田尚都コーチ(練馬区立八坂中学校野球部卒)の協力で、スワローズ選手のサインボール(村上、奥川、長岡、サンタナ、内山各選手)を用意することができました。日頃の練習から他の選手の模範となる活動をしている選手に、特別賞としてプレゼントすることができました。
また、今年の都市対抗野球大会では、大会OBの信越硬式野球クラブ(長野市)・佐渡俊太投手(練馬区立八坂中学校野球部卒-日大三高-明星大学-独立BCリーグ信濃グランセローズ)が東京ドームの先発のマウンドに立つことができました。
「野球を愛する中学生により多くの公式戦の機会を与える」という大会目的にも指導者の皆様が協力していただき、多くの選手を出場させることを実行していただく場面をたくさん見ることができました。
「ナインカップで良いプレーをするために、練習を頑張ってやろう」と、冬季の練習の励みになったと声をかけてくださった清新第一中学校の高橋健太郎先生、小平第四中学校の山本裕貴先生の言葉も印象的でした。また、北中野中学校に今年度から赴任した三宅輝先生が運営の相談役として、大変力になってくださいました。
大会があり、対戦相手がいるからこそ試合ができます。試合ができるからこそ嬉しい、悔しいといった豊かな感情が選手、指導者、応援する保護者に生まれて、「人生の宝」となる時間が生まれます。その豊かな時間を応援することに喜びを感じてくださる多くの協賛の方々にもナインカップは支えられています。野球を通して生まれた「出会い」も、「人生の宝」となるような大会を運営していきたいと思っております。(大会実行委員長・一ノ瀬純=開進第二中学校)
[予選リーグ]
Aブロック(開進一会場)
開一4-8牛込
開一3-9牛込
Bブロック(北中野会場)
ネグナック8-3北中野
ネグナック5-0石神井
北中野6-12石神井
Cブロック(小平五会場)
小平五1-1練馬光が丘二 TB3-1
西早稲田2-2 練馬光が丘二 TB4-1
西早稲田1-9 小平五
Dブロック(青嵐会場)
青嵐3-7桜川中台
青嵐2-7桜川中台
Eブロック(開二会場)
小平四4-7清新一
小平四1-2開二
清新一1-2開二
Fブロック(開進四会場)
開四田柄7-0志村一
由井陵南7-0志村一
由井陵南9-0開四田柄
[準決勝リーグ]
○小平五会場
小平五6-7×牛込
小平五1-3ネグナック
牛込3-2ネグナック
○開二会場
桜川中台0-4開二
桜川中台1-12由井陵南
開二0-12由井陵南
優勝 八王子市立由井・陵南中学校
準優勝 新宿牛込ベースボールクラブ
第3位 練馬区立開進第二中学校
ネグナック(葛飾区)
[決勝戦]
牛込4-8由井・陵南
◎表彰選手(写真)
最優秀選手賞
佐藤 善明
優秀選手賞
首藤 一真
川室 星空
福田 航大
山口 槙太
特別賞
窪田 京志郎
津田 息吹
貝阿彌 陸
鎌形 颯希
北海道全十勝大会おじゃま日記
日本中でおそらく最も春が遅く、おそらく最も夏が短い北海道のど真ん中、十勝(とかち)地方の中学野球大会を訪れました。十勝地方は人口の多い帯広市を中心に、周辺の町村で構成されています。そのほとんどが穀物類を中心とした農業、乳製品を生み出す酪農業が住民の生計を立てているという農業大国です。
中学野球の近年の傾向としては、単独中学校によるチームの激減。それにともなう合同部活動チームの増加、あるいは合同を超えて半永久的にコンビを組むクラブチームも生まれています。その十勝で初めてクラブとして誕生したのが「帯広セントラルノースクラブ」。近年はそれに続いて、「Nexus Makubetsu Baseball Club」(幕別町)、「おんおーるベースボールクラブ」(音更町)が誕生しました。合同チームにおいては、ここ近年タッグを組む中学が固定してきて、クラブ化も時間の問題と思われます。そのなかで、この夏の十勝王者は「新得・清水・鹿追・瓜幕中合同チーム」に輝きました。今大会で注目したチームと共に紹介します。
優勝(新得・清水・鹿追・瓜幕中)
ベスト4(おんおーるベースボールクラブ)
ベスト8(帯広翔陽・四中)
注目チーム(帯広七・清川・川西中)
「北」の国の「真ん中」から“新しい風”
帯広セントラルノースクラブ誕生
2022年度の全中(全国中学校野球大会)は、北海道(札幌市会場)でおこなわれる。全中とは、全国の中学校体育連盟(中体連)に所属する中学野球部による大会だが、この全中に民間のクラブチームも参戦できることになる、というニュースは誠にもってサプライズだった。
(https://www.asahi.com/articles/ASQ39677KQ39UTQP014.html
朝日新聞デジタル記事 「全中、部活以外のチームも参加可能に プロユースや民間クラブに門戸」)
朝日の記事見出しにある「プロユース」とは、サッカーJリーグなどの育成組織を意味するのだろうが、こと野球に関しては、プロの育成チームは存在しないので、対象は民間の軟式野球クラブということになるだろう。
先月(6月)、北海道の十勝地方を訪れた際、折から開催されていた十勝春季中学野球大会を見に行ったのだが、大会プログラムの出場チームに見慣れない名前が記されていた。
帯広セントラルノースクラブ。野球の盛んな十勝地方でも、野球部員の減少は例外ではなく、同大会でも参加24チーム中、単独中学校は13チームで、残る11チームは合同チーム(23校による10チーム)と、帯広セントラルノースだった。北海道には、元プロ野球選手(元ヤクルト・高梨利洋氏)が立ち上げた「T・Tベースボールクラブ(T・TBC)」(札幌市)をはじめ、いくつかの中学軟式クラブチームがあるが、十勝・帯広市では初めてのクラブチームが、帯広セントラルノースということになる。
ここ数年、プライベートな用事からたびたび北海道・十勝を訪れていて、中学校の野球部を訪ねることも多かった。セントラルノースの名前を目にして、ピンときて問い合わせてみると、案の定そのクラブチームには知り合いの指導者が関わっていた。鎌田大(かまた だい)--帯広市立第一中学校の顧問がセントラルノースの監督であった。
鎌田先生と出会ったのは2014年3月、千葉県柏市でおこなわれていた「IBA-boys U14全国大会」に、帯広市立南町中を率いて出場していた。その後2017年11月、北海道白老町でおこなっていたU15北海道選抜の合宿で再会したときは、帯広一中に異動していた。鎌田先生の後をついで南町中の監督になった羽石浩之先生と初めて会ったのも、このときだった。
かくして、十勝を訪れた際は鎌田、羽石両監督のどちらかを訪ねることにしていた。南町中は羽石監督のときに2度、全日本少年大会(最初は夏、2度目は春)に出場したが、南町中のベースを築いたのは前任の鎌田監督だったとのちに羽石監督から聞いた。「鎌田先生の引き出しの多さにはかないません。仕掛ける勇気、タイミング。すべてにおいて学ぶものが多い人です」と一目を置いている十勝屈指の指導者だという。
2018年2月、厳寒のなか帯広一中の練習を見せてもらったことがある。学校内のトレーニングに加えて、グラウンドでは雪を踏み固めて足場を作り、ティーバッティングもこなすという驚きのメニューだった。「寒いからと言って室内練習だけではいけないので、時々外に出てグラウンドの感覚を思い出させよう」という狙いだったように思う。鎌田監督は数学の先生。野球は確率を求めるスポーツでもあり、「無駄なことはやらない」という信念が指導の根底にあるのだという。
話が大きくそれてしまったが、そんな鎌田監督のもとに、十勝初のクラブチームが誕生した。チーム構成は帯広一中と帯広五中の野球部員。合同チームという形を取らずに、クラブチームという道を選択した理由は以下の通り。
「中体連の合同チームに関する規定では、その都度編成し直さなければならず、1チームで試合ができる人数が満たない学校は別のパートナーを探さないといけないんです。人数が足りている学校も快く受け入れてくれるとは限らない。言い方は悪いが、たらい回しにされる。だったら、半永久的ではないけど、入学してから卒業するまで同じメンバーで、同じ練習環境でやらせてあげたい、と思ったのがクラブチームにした理由です」(鎌田監督)
きっかけは五中の野球部員が人数不足におちいったことだが、一中も「秋には9人ギリギリだったこと」から、一中保護者会会長だった橋本健太郎さんが両校によるクラブチーム化を打診したという。先に人数不足となった五中からの呼びかけではなく、一中サイドからの提案だった。両校の野球部はそのまま存続するかたちで、対外試合と練習は「帯広セントラルノースクラブ」に委託するというやり方で、2021年度からスタートした。
ただ、クラブチームなので中体連に所属することができない。中学野球部と中学軟式クラブチームを包括する「北海道中学軟式野球連盟」に登録している。春季十勝大会は同連盟の主催だったので、セントラルノースも参戦できたが、夏の全中につながる夏の十勝大会に出場することはできない。つまり、全日本軟式野球連盟主催の「全日本少年軟式野球大会」への挑戦権はあるが、全国中学校野球大会(全中)」への挑戦権はないということだ。
「それでも、来年度からはクラブチームも全中に出られるようになるみたいです」
鎌田監督は先を見据えて、時代を先取りしたのだろうか。どうしても全中を目指したいのなら、21年・22年は合同チームとして中体連に所属するかたちをとれば、それも可能だったと思うが、あえてそれはしなかった。
「あくまで、セントラルノースの選手たちが3年間同じメンバーで、同じ練習環境で野球を続けられることが目的です」(鎌田監督)
「野球は団体競技。仲間がいての野球は、子どもの成長にとって大きな柱だった。同じ顔触れで活動を続けてもらい、3年後に仲間との集大成を迎えさせてあげたい」(橋本代表)
全国を目指すばかりが野球を続ける目的ではないのだ。安定した環境で3年間、野球をさせてあげることがその後の選手たちの心身にわたる成長につながるだろう。セントラルノースの3年生にとっての集大成は、全中が終了した後の8月下旬におこなわれる北海道中学軟式野球連盟主催の全道中学生大会だ。中体連所属の他校の野球部の選手たちより、遅い引退を迎えることになるのだから、そこで思いきりプレーして集大成を迎えてほしい。
学校の部活動を巡る環境も変わっていく。2023年度から部活動の地域委託への移行も始まる。指導者は必ずしも教員ばかりでなく、民間人も請け負うことができる。セントラルノースの監督は現時点で鎌田監督だ。今後、教員の宿命ゆえに異動する可能性もあるだろうが、たとえ他校の教員になっても、外部指導者登録と兼業届けを出すことによって、同じチームで指導を続けることも可能にはなる。「セントラルノースは一中・五中の顧問が指導者に成ることが基本ですから、そうもいきません」と言う鎌田監督だが、その指導力は他校の指導者、選手の保護者たちも認めるところ。それはまちがいない。
セントラルノースの活動は始まったばかりだが、これから、十勝ひいては北海道の他校野球部にとって新しい指針となっていくだろう。注目していきたい。
2024年もお世話になりました!
「第16回 V9黒江透修 中学校野球大会ナインカップ」レビュー
優勝:新宿牛込ベースボールクラブ
準優勝:八王子市立由井中学校
第3位:板橋区立桜川中学校
新宿区立西早稲田中学校
2025年もよろしくお願いします
第16回のナインカップは17チームの参加を集めて、11月24日、12月1日、8日の3週にわたって開催されました。大会に関わったすべての方に感謝を申し上げるとともに結果をレポートいたします。
優勝 新宿牛込ベースボールクラブ
第16回を迎えたナインカップは新宿牛込ベースボールクラブが優勝しました。日大三高出身の黒坂和正監督が就任し、軟式野球連盟の都大会でも安定して活躍する新宿区のクラブチームです。厚い選手層で、決勝戦では最終回に誰もが同点に追いつかれると思ったレフト前ヒットを、素晴らしい返球で補殺して優勝を勝ち取りました。野球を楽しみながら、的確な声かけもできるレベルの高いチームでした。
決勝戦スライドショー(新宿牛込ベースボールクラブ)
準優勝 八王子市立由井中学校
準優勝は昨年の優勝校、八王子市立由井中学校。若い石井太一先生と、ベテラン橋本淳一先生のコンビで今年も上位に進出しました。試合前は石井先生の丁寧なノック。試合中は橋本先生の的確なアドバイス。選手達は、互いに叱咤激励しながら、常勝チームらしい、落ち着いた試合運びをし、攻守にバランスのとれた好チームでした。
決勝戦スライドショー(八王子市立由井中学校)
第3位 板橋区立桜川中学校
第3位の1校目は板橋区立桜川中学校。就任11年目を迎える野田健太郎先生は、日本体育大学軟式野球部で名捕手として活躍しました。ウォーミングアップから選手同士が声をかけ合い、意識を高め合う姿勢は、高校野球を思わせる雰囲気です。卒業生が高校野球でも活躍しており、大東文化大学第一高等学校の今夏のエース、下茂篤生投手も野田先生の熱く細やかな指導を受けて花開いた選手です。
第3位 新宿区立西早稲田中学校
第3位のもう1校は新宿区立西早稲田中学校。小金井第一中学校で、都大会快進撃を見せた中村一貴先生。都立の名門、日野高校野球部出身の中村先生は強打の好チームを作っています。中体連の役員を務める川島一郎先生が支える盤石の指導体制です。大都会新宿に、試合ができるグラウンドをもち、積極的に試合を組んでチームを強化しています。顧問就任2年目にして、中村先生のカラーが存分に出た、生き生きとした表情とフルスイングが魅力のチームです。
表彰式(優勝、準優勝、個人表彰)
優勝 新宿牛込ベースボールクラブ
準優勝 八王子市立由井中学校
優秀選手賞
伊藤大惺(由井中)小林志音(新宿牛込ベースボールクラブ)友利祐貴(開進二中)
最優秀選手賞
中村康平(新宿牛込ベースボールクラブ)
特別賞
野上大翔(新宿牛込ベースボールクラブ)
特別賞
松原弘昌(由井中)
特別賞
川島大和(開進二中)
第16回を迎えた大会も、優勝旗を寄贈していただいた綜合エレベーター様、優勝カップを用意していただいただき富士見スポーツ様をはじめ、多くの皆様のご支援で、中学生に様々な副賞を用意することができました。
昨年に引き続き、大会のOBであるヤクルトスワローズアカデミー、住田尚都コーチ(練馬区立八坂中学校野球部卒)の協力で、スワローズのサインボールを用意することができました。日頃の練習から他の選手の模範となる活動をしている選手に、特別賞としてプレゼントすることができました。
また住田コーチと八坂中学校野球部の同級生である青嵐中学校野球部顧問の杉本大樹先生も、顧問として大会に初参加しました。
1 ナインカップ予選結果
Aブロック 小平五会場
小平五13-5 石神井
由井 17-0 石神井
由井 5-0 小平五
Bブロック 開進二会場
開進二 5-6 西早稲田
開進二 8-1 加賀
西早稲田20-0 加賀
Cブロック 井草会場
杉並合同 6-3田柄・練馬東
第二砂町 5-2 田柄・練馬東
第二砂町 10-0 杉並合同
Dブロック 青嵐会場
青嵐 5-4 練馬光が丘ニ
練馬・光が丘二 2-13 志村一
青嵐 1-8 志村一
Eブロック 開進四会場
開進四 1-9 桜川
開進四 4-9 桜川
Fブロック 清新一会場
小松川二・清新一 5-6 牛込
小松川二・清新一 1-25 牛込
2 準決勝リーグ結果
○由井会場
由井8-2西早稲田
西早稲田9-5第二砂町
由井9-3第二砂町
○開進ニ会場
志村一 0-6 桜川
志村一 1-2 牛込
桜川 1-4 牛込
3 決勝戦結果
○開進ニ会場
由井 1-2 牛込
牛込 0110000|2
由井 0000010|1
◎表彰選手
最優秀選手賞
中村 康平(牛込)
優秀選手賞
小林 志音(牛込)
伊藤 大惺(由井)
友利 祐貴(開進二)
特別賞
野上 大翔(牛込)
松原 弘昌(由井)
川島 大和(開進二)
※ お詫び
特別賞の選手写真は編集部の不手際により、後日各チームで別途撮影して提供していただきました。誠に申し訳ありません。ありがとうございました。
「野球を愛する中学生により多くの公式戦の機会を与える」という大会目的のもと、「人生の宝となる人の繋がり」が生まれる一助となれば嬉しいです。
(ナインカップ実行委員= 開進第二中学校 · 一ノ瀬純)
地区大会おじゃま日記2024・春
東京第11ブロック春季大会
2014.04.13 東京都中体連11ブロック春季大会(1回戦・東大和第三中)
総数にすると数百校にものぼる日本一の東京都。しかし近年は合同チームも増えているため、参加チーム数は少なくなっています。また、平成までは春季の都大会をおこなっていましたが、令和に入って春季大会は廃止。したがって、通常はこの時期のブロック大会は春の都大会を目指していましたが、いまでは「夏のシード決め」大会となりました。
第1試合「東村山二中.vs明保中・田無二中・保谷中合同」
東大和三中会場では、明保中・田無二中・保谷中(いずれも西東京市)合同チーム対、東村山二中が第1試合。昨年度まで東村山七中を率いていた大塚晋也先生が転任してきた東村山二中。同時期に武蔵村山一中から転任してきた鈴木諒先生も加わって強力な指導者陣。大塚先生は生粋の東村山っ子で、父親がいまでも地域の学童チーム(シーガルス)を指導しているという野球一家。墨田区から故郷・東村山に戻ってきて、三中・萩山分校、五中そして七中と、いずれの学校でも上位大会進出を果たしてきている名将です。
東村山二中も、かつては江澤尊宏先生(大塚先生の高校の後輩)をはじめ熱心な指導者のもと、11ブロックでは上位を占めてきた伝統校です。今年度のチームは3年生が3人、残る2年生は初心者も多いながら、チームがまとまりを見せて、見事に初戦を突破しました。3年生のエースはサイドスロー。転任してきたばかりの大塚先生の指導で横手投げに変えたばかり。最初はコントロールが定まらずも、しだいにコースを突く投球が決まりだし、チームに流れを引き寄せました。1-1の均衡を破ったのが九番打者(2年生)。六番打者(2年生)の二盗・三盗で作ったノーアウト三塁。後続が続かずツーアウトとなり無得点で終わるかという重い空気を吹き飛ばしたタイムリー。すると、堰を切ったように打線がつながり、気がつけば大勝でした。
試合後の大塚監督、「まだまだ野球を知らない子たちですが『Want to Baseball』で始めていきます!」。もっと「野球やりたい!」「野球を教えてほしい!」という選手がどんどん増えていくことを期待します。
第2試合「東大和三中 .vs 東村山四中」
会場校・ホストの東大和三中が第2試合に登場。通常は、ホスト校は第1試合に入るものかと思いましたが、この日は第1試合の運営(グラウンド整備・スコア係・審判など)を務めてから、自分たちの試合に臨んでいました。
「いつも取材、ありがとうございます!」
第1試合をバックネット裏で観戦していると、後ろから声をかけてきた人が。振り返ると、東大和三中の外部指導員、新井秀洋コーチでした。なつかしい! よく気づいてくれましたね。東大和三中には2010年10月くらいに、雑誌の取材でお世話になりました。その時点で新井コーチは外部コーチ歴6年と言っていましたから、あれから14年たったので「指導歴20年」! 先生たちは異動で変わっていきますので、誰よりも長く、誰よりもよく、このチームを知っている人ということになります。試合前、野球部員たちに当時の雑誌を見せると、「うわっ、新井さん若い!」。そう、君たちが生まれた年だからね。
第1試合を見ながら、新井コーチはチームのことについて話してくれました。東大和三中、通称“やまさん”は14年前は、手のかかるヤンチャ坊主選手が多いことで有名でした。当時の監督、大倉崇行先生(現・八王子市立みなみ野中)がうまく、選手らの有り余るエネルギーを野球に向けさせて、春の都大会3位の成績を挙げたこともありました。
時代は変わって令和、手に負えない悪ガキはいなくとも、元気にあふれるチームカラーはそのままでした。中学で野球を始めたという初心者も多いそうで、新井コーチが「このなかで、中学から野球を始めた人は(手を挙げて)?」。一人が手を挙げました(本当はもっとたくさんいるそうです)。
「小学校のころは何をやっていたの?」「いえ、何も」「野球をやろうと思ったきっかけは?」「お父さんが野球好きで、やってみたらって言われました」。中学から野球をやろうと思ったとき、学校に野球部があることは大事なことですよね。
野球指導において大切なキーワードは「サンキュー」と新井コーチ。
「野球は9人以上の選手がいないと成立しないスポーツ。合同チームの時期もあったんですが、そのときは特にお互いの選手が休まずケガせず揃っていることに、まず『サンキュー』です。味方がエラーしても『サンキュードンマイ!』、投手が四球を出しても『サンキュー頑張れ!』、ヒットを打ったら『サンキューナイス!』、とにかくサンキューを声かけの頭につけてプレーをしようということです。ちなみに語尾でサンキューもありです」
名づけて「サンキュー大作戦」。これで都大会に進出できた年もあったそうです。
「あとは、最高のプレー、最低のプレーは何?という話もよくしています。たとえば、ランナー満塁で最高のプレーは何? ホームランですよね。でもホームランを打つ自信がなかったら、その次にできる最高のプレーは? というように、常に自分ができる最高のプレーをしようよ。最低の場合もいっしょで、最低のプレーは三振、あるいは内野フライだとしたら、最低でもランナーを進めるゴロ打ちというように」
着実に成功体験を重ねて自信をつけさせることが大事なんだということですね。
新井さんとの野球談義が楽しくて、ついつい前置きが長くなってしまいましたが、東大和三中(やまさん)野球部は13対1のコールドで初戦を突破。しかし、初回の満塁でピッチャーゴロを相手投手がホームに悪送球しなければ、ゲッツーで無得点でした。同じことは自分たちの守備にも起こり得ることで、その点を次の試合に向けての反省点に。3人目に投げた選手が続けざまにボークをとられ、これも学びとして次に生かす。
試合後、主審を務めた東村山二中の鈴木先生から、主軸のバッターが打撃指導を受けるという場面もありました。同じ地区の中学校同士、こうした他校の指導者によるアドバイスが受けられるのも中体連大会ならではの良さだと思います。
ちなみに、東大和三中の野球部監督は、小笠原東洋先生(東京大学野球部出身という!)。東大野球のブレーンとともに、選手に寄り添う新井コーチの指導が今後も愉しみ。そして、やまさん野球部員は同時に「武蔵ベースボールクラブ」でクラブ活動にも取り組んでいるとのこと。こちらのほうも、いずれレポートしたいと思います。
練習試合おじゃま日記2024
川崎市立枡形中・中野島中(合同).vs 三鷹市立第六中
多摩川クラシコは関東大会の前哨戦
2024年3月20日(春分の日) 於:中野島中学校
多摩川をはさんで向かい合う、東京・多摩地区と神奈川県川崎市。今日は、三鷹六中野球部が多摩川を越えて遠征してきて、枡形中・中野島中合同チームと練習試合を2試合おこないました。
枡形中の田中伸英監督は川崎市一のマンモス校にして超強豪・西中原中学校で野球部部長を務め、日吉中学校では11年前の神奈川県大会で3位の成績を収めて水戸市長杯にも出場しました。枡形中では4年前の川崎市大会で準優勝。大学準硬式野球の侍ジャパンにも選出された、高良健悟投手(日本大学4年)が枡形中野球部の教え子でもあります。
合同のタッグを組む中野島中の木村友哉(ゆうや)監督は相模原市出身。上溝中野球部では水野澄雄監督(現・相陽中校長)のもと、横浜スタジアムの全国大会に出場しました。川崎北高校では佐相真澄監督(現・県立相模原高校)の指導を受けて、日本体育大学硬式野球部でも活躍しました。
ビジターの三鷹六中・山本裕貴監督も日体大硬式野球部出身で、木村監督の1年先輩にあたります。山本監督は町田市立南中で都大会に何度も出場していました。そんな縁もあって実現した東京・神奈川対決、中学野球の“多摩川クラシコ”。
第一試合は引き締まった投手戦。スコアレスのまま、最初にチャンスを迎えたのは4回表の三鷹六中。長打を皮切りにノーアウト満塁をつくります。しかし、ここで仕掛けたエンドランがはまらずにゲッツーで無得点。その裏の枡形中・中野島中合同の攻撃。トップバッターがクリーンヒットで出るとすかさず盗塁。外野フライのタッチアップで三塁をおとしいれ、相手の内野返球の間にホームがガラ空きと見るや、そのままするするとホームイン。あっという間の先制点でした。前の回でチャンスを逃した三鷹六中。守備に入る前に「この回、かなりの高確率で得点が入るよ」と山本監督が予言していたとおり! 殊勲の選手は次の打席でも外野を抜いてランニングホームラン。しかし、久しぶりの全力疾走だったためか、最終回の守りでは「具合が悪くなった」と交代を申し出たのはご愛嬌でした。
練習試合で明らかになった課題・反省点は、すぐに練習で復習。試合後は、外野に集まって時間が許すかぎりバッティング練習に興じていた両チームでした。
「この次、おれたちが当たるとしたら、東京都大会、神奈川県大会を勝ち抜いて、関東大会かな。都道府県や地域によって野球もちがうから、ウチの地域(川崎市)はこういう野球をやってくるとおぼえておいたほうがいいよ」
たがいの健闘をいのって、エール交換をして別れた、多摩川クラシコでした。
八王子市立由井中学校
優勝おめでとう!
第15回V9黒江透修中学校野球大会ナインカップ
11月26日、12月2日と行われたナインカップ。寒い2日間のなかの開催となりましたが、大会参加者やスポンサーの皆様のご協力で今大会も無事終えることができました。
今年も大会のレポートをお送りします。
(ナインカップ実行委員・一ノ瀬純=開進第二中学校)
●ナインカップ決勝トーナメント結果
石神井会場
①志村一0-3由井
②練馬・石神井0-7清新一
③由井13-5清新一
○ナインカップ予選リーグ結果
A開進四会場
開進四0-11足立九・小松二
開進四1-8志村一
足立九・小松二4-7志村一
B西早稲田会場
西早稲田7-5加賀
由井10-0加賀
由井10-0西早稲田
C練馬会場
練馬・石神井10-1板橋一
板橋一9-12井草・荻窪・杉森
井草・荻窪・杉森6-7練馬・石神井
D清新一会場
清新一4-1第二砂町
南葛西10-4第二砂町
清新一4-3南葛西
⚪︎交流戦参加校
桜川中学校
明大明治中学校
小平第五中学校
牛込ベースボールクラブ
優勝の由井中学校は圧倒的な打力で優勝を勝ち取りました。秋季都大会にも出場した力のあるチームです。監督の石井太一先生は若さを生かして、生徒と近い距離で指導をしている印象がありました。八王子選抜の監督を務める橋本淳一先生とともに、夏に向けてさらに楽しみなチームです。
準優勝の清新第一中学校は厳しい予選を勝ち抜き決勝まで辿り着きました。穏やかな中に熱い気持ちを内に秘めた高橋健太郎先生のもと、丁寧な指導を受けていることが伺えるチームでした。クラブチームとのかけもちの部員もおり、部活動との両立の良いモデルとなってほしいチームです。
3位の志村第一中学校は、前年の優勝チーム。夏季都大会ではベスト8まで駆け上がり、長期間にわたる中澤基先生の指導が大輪の花を咲かせています。今回も左の好投手を擁し、優勝した由井中学校と準決勝で緊迫した好ゲームを展開しました。
同じく3位の練馬・石神井中学校の合同チームは、大ベテランの山田祐司先生が青木泰山先生、船山望先生と協力してチームを作り上げ、3位を勝ち取りました。船山先生(石神井中)は大会表彰式後も熱心に走塁練習の指導に取り組む姿があり、今後のチームの成長が楽しみです。
大会は15回の節目を迎えました。「多くの部員に公式戦出場の機会を」という目的のもと、ケガ人以外の選手は全て出場することを参加チームには努力目標としてお願いしています。
富士見スポーツ様からは豪華な優勝カップ、綜合エレベーター様から寄贈された優勝旗、大泉一丁目町会と関連の企業、個人の皆様の協力でお菓子、大会OBのヤクルトスワローズアカデミー・住田尚都コーチ(練馬区立八坂中学校卒)の協力でサインボール(村上選手、山田選手、奥川選手、青木選手、小川選手)が選手、チームに渡されました。
最優秀選手賞や優秀選手賞に加えて、日頃の部活動で他の部員の模範となる選手には特別賞としてサインボールをプレゼントしました。身体の成長のスピードもバラバラの中学生。今活躍していなくても、励みになる経験を糧に野球を続けてもらいたい、次のステージで活躍してもらいたい、人としても魅力ある大人になってほしい、そんな思いを込めています。
また、今回は閉会式の最後に、決勝トーナメント進出4チームによるアフターマッチファンクション(試合後の交流会)を実施しました。4人ほどのグループに分かれ、対戦相手の素晴らしかったところを伝え合うというものです。最後に4チームのキャプテンから、話した内容を発表してもらいました。「自分のチームにはあまり良いところがないと思っていたけれど、良いところを伝えてもらって自信がもてた」と、堂々と皆の前で話してくれました。
2023年はWBCの優勝、大谷選手の大活躍などで野球界は大いに盛り上がりました。勝つために、良いプレーをするために努力し、試合が終わればその先に、共に勝負した仲間との絆が生まれるような大会ができればと思っています。
楽しんでいこうぜ!
KIDS Baseball
秋の東京制覇から7年
北原!夏最高のベスト8
東京都学童軟式野球大会の聖地といえば、夏は府中、秋は戸田橋。7年前の2016年秋、戸田橋の新人大会で東京制覇を果たしたのが「北原少年野球クラブ」でした。
その翌2017年2月、北原の立石篤申監督と初めて出会ったのが、ナガセケンコー杯の多摩川緑地でした。以来変わらずにお付き合いしてくださるばかりか、この「球童くん」でも中学野球監督さんとの対談、2022年のジャビットカップ優勝記を寄稿してもらってます。
そして2023年。北原は前年のベスト16を上回る夏の都大会ベスト8を果たしました。6月10日の府中市郷土の森野球場では準々決勝、そこで勝てば同日の準決勝に進んで、決勝進出が決まれば悲願の全国大会出場という「運命の一日」を迎えました。
結果は残念ながら、0対6で敗れて8強止まりとなりましたが、6年生がわずか2人、あとは5年・4年というチームにとっては、この経験は何ものにも代えがたい宝となったでしょう。
北原! 夏最高のベスト8
北原は1回戦、高井戸東少年野球クラブと対戦し、8対1で勝利。2回戦は前年度全国ベスト4の深川ジャイアンツに8対7と競り勝って、3回戦は中野セネターズを8対4で破って堂々のベスト8入りでした。
しかし準々決勝。花小金井サイドワインダーズ戦は、エースの高田瑛斗君の調子が上がらず、失点を重ねて反撃も及びませんでした。
6年は高田君とキャプテンの武田俊輔君(捕手)。5年では女子の堺田薫(かおり)さんが力強いバッティングで5番を張り、4番の坪内勇斗君と武田君(3番)でクリーンアップを組みます。小柄ながらセカンドの中藤寛人君は積極的に前に攻める守備で、ピンチの芽を摘むプレーが印象的でした。
5・6年生チームは、このあとジャビットカップ、23区大会など、まだまだ大きな大会が待っています。試合ごとに成長する姿を楽しみにしたいと思います。
王者の名にふさわしく
不動! 再生の夏 全国へ
同じく6月10日、北原に続く準々決勝第2試合を戦ったのが、目黒区の不動パイレーツでした。かつては、王者の名を欲しいままにした不動でしたが、昨年はチームとして低迷を余儀なくされました。
しかし、この年は強い不動が復活。強豪しらさぎ(江戸川区)との準々決勝。二転三転のゲームを制して、力強く勝利。続く準決勝の花小金井戦も序盤から圧倒。中盤に盛り返され、ひやりとしましたが、最後はしっかりと勝ちきって、準決勝を突破。決勝戦がまだ残っているとはいえ、2年ぶりのマクドナルド全国大会に駒を進めました。
望むものなら、この準決勝では北原との対戦が見たかったものでした。北原は7年前、不動パイレーツの秋3連覇を阻んで優勝。もし対戦が実現すれば、そのとき以来だったのですから。北原・立石、不動・深井利彦と当時の両監督も、今では立石さんが総監督、深井さんは代表となっていますが、変わらずに交流を続ける友好チーム同士。自分たちの試合ばかりか、好敵手の試合も熱心に見守っていたものでした。
不動! 再生の夏 全国へ
不動のキャプテン、永井大貴君は投げては気合いあふれる投球で相手打者をねじ伏せる姿が印象的でした。準々決勝、しらさぎの打者に勝ち越しのランニング本塁打を打たれたその裏、自らのバットで逆転のランニング本塁打を放ち、あとはマスクをかぶって、キャッチャーとしてチームの司令塔を務めました。
不動の深井代表とは、久しぶりの再会でした。以前に試合を観戦に行ったとき、「近藤さんと写真撮らせてもらおうかな。いつもは、ウチの選手たちを撮ってもらっているから」とツーショットに収まったのが、冒頭の一枚でした。副代表だった山崎清二さん(現・総監督)には、このときシャッターを切ってもらいましたね。
やんちゃだけれど、子どもらしい選手ばかりの不動パイレーツ。全国でまた暴れてもらいたい。練習グラウンドに、今度久しぶりに訪ねてみようと思います。
この場所から未来へ
【特別編】
2022年11月20日、札幌市の石山アトムズ少年団が解散式の野球大会をおこない、OBたちと現役選手たちが交流しました。成田耕一監督提供による写真レポートをお届けします。
(コラム Vol.26「ありがとう! 石山アトムズ」も参照)
元楽天ドラフト1位のOB武藤好貴投手の始球式
森谷大誠(札幌大谷で甲子園)
山内真奈香 (ポップ学童全国3位のキャプテン)
鳴海健臣(全国3位のエース、札幌大谷2年)
成田監督と山内姉妹。右・真奈香と白いコートは姉の桃香
森谷と石山アトムズ最後のキャプテン山本陽亮(ひまり)
成田監督の長男(大輝)と次男(徹平)
ありがとうございました!
【Vol.026】北の学童野球少年団がつむいだ軌跡と「奇跡」
甲子園おめでとう! 札幌大谷
ありがとう! 石山アトムズ
コロナの第七波も吹き荒れた2022夏、甲子園出場を懸けた南北海道大会決勝は7月26日に札幌市円山球場でおこなわれ、札幌大谷高校が初のキップを勝ち取った。この試合のことを知ったのは、同じく決勝に進んだ知内(しりうち)高校監督の吉川英昭先生の親友である、千歳中学の川井正裕先生から聞いたことがきっかけ。吉川先生は江別一中のときに取材でお世話になっていたので、「ああ、吉川先生! ガンバレ」という思いで良いニュースを待っていた。
ネットの速報も見ずに仕事に励んで、終わった夕方にチェックすると、「甲子園出場は札幌大谷」。無念…しかし、対戦校のレギュラーメンバーに知っている選手が。エースの森谷大誠(3年=下の写真・右側)、同じく投手の鳴海健臣(2年=下の写真・左側)、いずれも札幌市の学童チーム「石山アトムズ」に在籍していた2016年冬、僕が取材した選手たちだった。
僕は成田耕一監督(上の写真・中央)すぐにお祝いのメッセージを送った。すると、しばらくの間をおいて、意外な答えが帰ってきた。
「ありがとうございます。石山アトムズは今シーズン限りでなくなることになりました」…………
石山アトムズの話は以前から書きたいと思っていて、甲子園をきっかけに「ぜひ書かせてください」と成田監督にお願いしたところだった。
「石山アトムズに限らず、各チームもここ数年のコロナ禍で活動制限が続いたり、体験会などが出来ず。現在の団員数は12名(6年生6名)になりました。
解散日は特に決めてはいませんが、6年生の卒団式が石山アトムズ少年団としての最後になるかと思います 」
初取材から6年、ここに最も思い出深いチームである「石山アトムズ」のことを綴りたいと思う。
(上記の写真は南北海道大会決勝戦後。成田監督の提供による)
石山アトムズと出合ったのは2016年12月の東京ドーム。ポップアスリートカップ・ファイナルトーナメント。「石山」と聞いて僕はピンと来た。アトムズ・ベンチに近づいて、成田監督をはじめとする大人のコーチに話しかけた。
「石山小学校ですか? 僕、藤の沢小学校(すぐ隣の学区!)だったんですよ!」
「えー、ウッソー?」札幌は広しといえども、こんな超ローカルなつながりが…。
石山アトムズは初日の1回戦、2回戦を打ち勝って、2日目の準決勝に進んだ。
準決勝の相手は、岡山の強豪「庭瀬シャークス」。初回に先制され、すぐに追いつくも引き離される。5回にはエラーで失点して、1-5と劣勢に立たされる。すると、その裏のアトムズベンチで成田監督の檄が飛んだ。
「ミスってもカバーし合えるのが野球だべ!」
最終7回裏、先頭打者は代走から初打席に入った大澤志登。4年生だが、ヒットで出塁する。ツーアウトとなるが、一番・森谷、二番・山内、三番・鳴海、さらに四番・藤井俊(6年)、五番・斎藤慶太朗(6年)が怒濤の5連打! 六番・鈴木麻日(6年)が押し出し四球を選んで、1点差に迫る。なおも、二死満塁で打者は岸上倖大。粘りに粘ったが、惜しくも三振でゲームセット。
試合終了後、成田監督とのインタビュー。
--最後、岸上君にまわってきて力が入りましたよね
「アレ(岸上)は6年生なんです。途中で守備交代したけど、最初にサード守っていた上林(颯良)は5年生。岸上はちっちゃいんだけど、内野守備では一番ウマイ。今日ちょっとエラーしちゃったんだけど」
--だけど、その後のファインプレーで取り返していましたね
「守備はウマイんだけどバッティングは、ね。最後ウチもコマが残っていなくて」
--2日間やってきて(結果は3位)、子どもたちに何と声をかけますか
「北海道は、もう6年生の活動が終わっている季節なんですよ。ウチも11月の2週目が卒団式の予定だった。それが、子どもたちは10月の終わりに、全国大会(ポップ)決めてくれて……(涙)。
ホント、感謝ですよ!」
成田監督は巨漢に似合わず、感激屋、泣き虫。でも、一人ひとり選手のことを考えている優しい人でした。
準決勝の第1試合が終わって、僕はアトムズの選手・スタッフたちと東京ドームの内野席で、しばらく話をしていました。なぜか、気持ちは小学校時代に帰って、ふるさとの子どもたち、大人たちと交友しているようでした。
試合中から気になっていたのは、森谷君(下の写真、鳴海君の後ろを守る選手)。左利きでショートを守っていて、なおかつ右打ち。プロでも珍しい存在なので、聞いてみると、
成田監督「タイセイ! 箸持つのは右なんだよな!」
森谷「(ノックで?)右手でバット持って、左手でボール持ったから、左で投げたほうがいいのかなと」
うーむ、野性的な感覚をもった選手なんだな。たしかに、左手のハンドリングに自信があれば、思うようなところにボールを上げて打つことができますね。このとき森谷君が投げるのは見ませんでしたが、高校に行って主力として投げるようになったのは、必然かもしれない。
さらに、キャプテンにインタビューしようとしましたが、
成田監督「マナカまだ泣いてるな。あ、アレ大丈夫ですよ、ケンシン!」
5年生エースの鳴海健臣君。ここでも大人が茶々を入れました。「俺が代わりに話そうか?」。どうやら、親御さんだったようですが、本人がしっかり答えました。
「投手は2年からですが、アトムズに入ったのは1年からです。友達と励まし合いながらやってきました」
マナカ主将には、表彰式の後に聞けました。
「この2日間はチームで支え合い、一つになって戦えました」
最後にもう一度、成田監督に聞きました。
「ケンシン(鳴海)は体が最初から大きかった。3年生からレギュラーに入れた。上の代のチームを見て、試合に出たいという思いは人一倍強かったですね。
各学年の人数が多ければ、AチームBチームに分けることができるが、去年は6年が2人しかいなかった」
強打でチームを引っ張るキャプテン、山内真奈香
すべてを破壊! 北の怪物・鳴海健臣は当時5年
それから1年後、成田監督とFacebookで交流することになり、ふたたび全国大会に出るために東京へ来ることがわかったので、大田スタジアムに足を運んだ。同じ時期はポップの全国大会もおこなわれていたが、すでに雑誌が休刊となってフリーとなった自分は取材申請も出せないと思って、アトムズを見にやってきたのだった。
ポップで全国3位だったチームを次いだ新チームは、鳴海キャプテンを中心に、女子の川村梨乃さんなど好選手がそろっていた。このとき、鳴海君が中学では札幌大谷中学校に進むことを教えてくれた。札幌大谷中は軟式野球部ではなく、硬式野球部がシニアリーグに所属しているのだった。大谷は浄土真宗大谷派(東本願寺系)の仏教学校。僕が高校生のときは女子校だったが、いまは男女共学。大谷にかぎらず、僕の母校である札幌光星、札幌静修など共学となって男女ともにスポーツにも力を入れる学校は増えている。
そのなかで、札幌新陽高校(旧・慈恵女子)に北海道初の女子硬式野球部ができた、と成田監督から聞いていた。山内真奈香さんをはじめとする女子選手が中学以上で野球を続けられるよう、選手たちの進路・野球環境のことを常に考えるのも、学童野球指導者たちの務めだ。
野球人口も多い札幌市。学童から中学年代、さらには高校につなげていく道は幾通りもあると思うが、札幌大谷中のように、中学の野球部が硬式でしかも中体連所属ではなく、リトルシニア連盟に所属するという例は、おそらくまだ少ないだろう。選手たちは同じ中学の同期生で、同じ学校生活、同じ野球活動を3年間続けられるという選択肢は、これはこれでいいのかもしれない。
とにかく、石山アトムズのOB3人(1年生に大澤志登もいる)が、学童全国大会3位の実績から積み上げて、夏の甲子園につなげることができたのは偶然ではなく、必然だったといえるのではないか。
(写真は成田監督の提供による。上林颯良と)
成田監督は、しみじみと語る。
「森谷大誠が6年生のときにポップアスリートカップに出場したのが石山アトムズ少年団として初めての全国大会出場で3位になれました。
その世代の子が、石山アトムズ少年団最後のシーズンに甲子園出場を決めたのが本当に奇跡(軌跡)と感じています」
石山アトムズ(1976年創設)は46年の歴史に幕を閉じることになるが、現6年生が卒団式を迎える11月がチームとしての最後の活動になるという。その後は、どうなるのだろう。
(写真は成田監督の提供。キャプテンだった山内真奈香さんと)
「3チーム合併の新チームとして来年からやります」(成田監督)
北海道の野球がオフシーズンに入るのは、11月か遅くても12月。その後は雪に閉ざされる長い冬に入 ることになるが、およそ半年近くにもおよぶ“揺籃”のシーズンを乗り越えて、来る春には どのようなチームが生まれてくるのか、いまからとても楽しみである。
新生・石山アトムズのみなさん、またお会いしましょう!
コロナをも超えてつかんだ優勝!
北原少年野球クラブ(練馬)おめでとう!
ジャビットカップチャンピオン大会2022
読売巨人軍の主催となる「ジャビットカップ」。
2022年の優勝を飾ったのは、北原少年野球クラブでした。当サイトにも多大な支援をいただいている同クラブ。監督の細田健一さんが代表として、初優勝までの歩みをレポートしてもらいました。
この大会では技術的な成長だけでなく精神的な成長が大きかったと考えています。
選手達のおかげでスタッフ一同、東京ドームでの決勝戦、更には優勝という貴重で幸せな経験をさせていただきました。
実は大会直前、今までに経験のない大変厳しい状況にありました。
新型コロナウィルス第7波……。
もともと、高学年チームは5・6年生10名と限られた人数で活動しているなか、大会直前の合宿前に複数の選手が活動できなくなったのです。
結局、8名で合宿に向かいましたが、体力も落ちており、初日からブルーシートの世話になる選手が続出した場面が今でも忘れられません。
そのなかで、どのように仕上げていこうかと、最初は悩みました。
ただ、こういう時こそ新たな戦術練習などではなく、「原点=普段の自分達の野球」に徹することが選手達にとって、目の前の練習にも集中しやすいのではと考え、敢えて基本動作の確認を繰り返しました。そうすることで、身体が本来の動きを取り戻すのに時間はかかりませんでした。
合宿最終日、立石総監督が鞄から謎の銅メダルを取り出し、「メダルの色を変えよう!」と選手達に語りかけました。
5年前に3位に入った時のもので、総監督のゲキに選手達は一気に“やる気スイッチ”が入りました。
大会が開幕すると試合を重ねるたびに選手達に変化が現れてきました。
1か月半の大会期間を通じて、一戦必勝・全員野球をテーマにしていました。
「一人だけでも何とかなると思ったら絶対に勝てない!全員でやり切ろう!」
一戦一戦と追うごとに、選手達の気持ちが進化=1つになっていき、その姿に感動させられっぱなしでした。
良し悪しは置いておきコロナ渦のなかで遊びも制限され、コーチからゲームやアニメを我慢させられ、ほぼ、野球漬けの夏休み。
少し可哀そうには思いましたが、大会が始まる前に決めた「優勝」。最後まで貫いてもらいました(笑)。
試合を重ねるごとに平常心でプレーできるようになり、その集大成がジャビット決勝という最高の舞台で、誰もエラーすることなくファインプレーを連発して最高のプレーをした選手達に感動しました。
応援席には、普段であれば対戦相手となる練馬区内外のチームの選手や関係者、所属連盟関係者、OB、卒部生保護者……「無限の大応援」を受けて、北原がお世話になっている全ての人たちが一体になった瞬間に感無量でしたが、その力をムダにすることなくパワーに変えてくれた選手達の精神的な成長に感動させられました。
あの大会直前の合宿から「勝ちたい!」という同じ気持ちでチーム全員が臨み、それを実現してくれた選手達に脱帽です。
初優勝への歩み
●1回戦
北原少年野球クラブ(練馬区) 241 03 =10
不動パイレーツ(目黒区) 212 10 =6
●2回戦
青梅フォルテ(青梅市) 000 01 =1
北原少年野球クラブ(練馬区) 025 1× =8
●3回戦
多摩フレンズベースボールクラブ(多摩市)
北原少年野球クラブ(練馬区)
※ 北原少年野球クラブの不戦勝
●準々決勝
北原少年野球クラブ(練馬区) 315 12 =12
狛江ロッキーズ(狛江市) 000 42 =6
●準決勝
用賀ベアーズA(世田谷区) 001 2 =3
北原少年野球クラブ(練馬区) 300 10 =13
◎決勝(東京ドーム)
北原少年野球クラブ(練馬区) 100 002 =3
しらさぎ(江戸川区) 001 000 =1
〔北〕小高 - 本原 〔し〕三田、石川 - 塚本
本塁打:横田〔し〕
最優秀選手賞 /小高啓士選手 (北原少年野球クラブ 主将 )
【Vol.025】北原少年野球クラブ(練馬)細田健一監督がつづる
全日本学童東京都大会
におけるチームの成長記
全日本学童(マクドナルド・トーナメント)の東京都大会は、6月11日に閉幕しました。東京の学童チームが聖地とあこがれる「府中郷土の森」を中心に62チームがしのぎを削りました。そのなか、練馬区代表の「北原少年野球クラブ」は出場6回目にして初勝利を挙げ、3回戦まで勝ち進むというチーム史上最高の成績を残しました。6年生たちの大会はまだまだ続きますが、最高峰の全日本大会で得た自信は今後もチームの成長を後押ししてくれることでしょう。
3試合を通じたチームの成長記を細田健一監督がつづりました。
ただ「勝ちたい」ではなく、「絶対に勝ちたい」という強い思い。その思いを、一人ひとりが次の選手に「絶対につなげていく」--。そんな選手たちの気持ちが強く見られたこと、ひと言でいうと「選手たちの心の成長」がチームの成長につながったと思いました。
5月14日に開幕した本大会を迎えるまでは、私たちの日々の指導を素直に受け止め、理解しようとしていた選手は少なかったと思います。正直なところ、それまでは、何回も対戦してよく知っているチームとの試合もあり、「何となく勝ってきてしまった」というのがホンネで、それがいちばんの不安要素でもありました。
いざ全日本の都大会が始まってからは、出場する強豪チームからの刺激もあり、大会に正面から向き合うことで、私たちの指導内容を素直に受け止め、理解しようとする姿勢や態度が多くの選手から感じられるようになりました。コーチの話をよく聞き、考えることで自主的に行動するという「心の成長」につながったのだと思います。
それは、たとえば選手間の声掛け。
昨年秋の新人戦都大会では初戦敗退しましたが、その結果を受けて選手と課題に向き合いました。「劣勢になると、元気がなくなり、流れを取り返せないままズルズルいってしまう」という課題などが挙げられました。
その解決策として、「もっと選手間で“意味のある声掛け”を増やしていこう」という意見が出て、それを実践していこうと決めました。
しかし、そうはいっても、なかなかすぐには実行できないため、「声出しリーダー」を決めたりしました。「メンバー発表リーダー」「円陣の声出しリーダー」といった役割を選手たち自身が個々に担うことで、徐々に浸透していった気がします。
今大会では、とくに初回の攻撃からベンチの盛り上げには凄まじいものがありました。ランナーコーチから打者や走者への指示がよく飛び、守備のときの選手間での会話、守備位置の確認、投手への励ましなど、個々の選手が考えたうえでの声掛けができていました。
1回戦、2回戦のコールド・完封勝ちから一転、3回戦は追いかける展開になりましたが、それでも選手たちの声掛けは弱まることなく、点を取られても取り返して完全に流れを渡さなかったために、一時は逆転することができたのだと思います。
そこで1点差をさらに広げることができなかったのは、相手外野手の超ファインプレーによるものでしたし、時間切れ寸前の裏の守りで、外野を抜かれないよう守備位置を下げなかったのは監督の采配ミスだと、試合後に選手たちに謝りました。
負けはしたものの、チームで決めたことを最後まで実践してくれたことはうれしかったですし、そこは素直に選手たちを褒めてあげました。
敗戦後、悔しくて泣いていた選手たちの姿を見て、今まで以上に本気で野球に取り組んできて、自信を持って試合に挑んでいた証なのだと感じました。
これら成長のすべてが、3回戦の青梅フォルテ戦で体現できたことをうれしく思う反面、この悔しさは今後に絶対に活かしていこうと、選手たちと誓いました。
選手たちに負けないよう、コーチングスタッフたちも成長していくということも忘れずに--。
[レポート=細田健一 /写真提供=北原少年野球クラブ]
レポート=北原少年野球クラブ/立石篤申監督
多賀の辻監督が練馬に!
多賀少年野球クラブ(全日本学童マクドナルドトーナメント2連覇:2018-2019)の辻正人監督は「世界一強く、世界一楽しく」をモットーに、その大らかで明るいキャラクターで、選手ばかりか全国の学童野球関係者を魅了しています。今年の夏、新潟で開催された全日本学童大会ではベスト8でしたが、大会が終わってからは、全国各地を「野球行脚」して、各地の学童野球発展のために寄与していました。
そのなかで、辻監督は親交が深い北原少年野球クラブにも、9月25日に訪問して、子どもたちと楽しい一日を過ごしたようです。北原の立石監督にレポートしていただきました。
9月某日の夕方。多賀少年野球クラブの辻監督さんから一本のメールが--。
あ?
「立石さん 練馬区在住ですか?」
「25日は何していますか?」
慌てて即レス。
すると息子さんの車を購入し、店頭引き渡しのため練馬のディーラーに来られるとのこと。
こんな奇跡があるんか??
こんな千載一遇のチャンスを逃してなるものかとチーム代表に承認を得て、スタッフ・父兄に連絡したところ全員、驚愕! そして是非お願いしたいと。
当日は午前中が登校日だったため、午後から練馬区立北原小学校に世界の辻監督にきていただきました。左翼40m・右翼50m弱の小さな校庭に全軍の選手、スタッフ、父兄に卒業生までも集まって、ぎっしり。
校門を入ってすぐのところに、お母さんたちが作った辻監督歓迎のウェルカムボード!
それをチラッと見るなり、
「感激です! 有難うございます。
この、まあまあなウェルカムボード」
その一言でお母さんたちも大爆笑!!
女性陣を一瞬にして虜にしていました。流石! 関西人!
まず最初に北原の全選手に対して訓示をいただきました。
すなわち、
「聞く力」「観る力」「試す力」の大切さ
これは野球以外、人生にも通じる大事な話。
選手たちは、いつにも増して真剣に聞いている。私(立石)と同じ関西弁やのに??
ここから、辻監督の真骨頂(ほんの一部でしょうが)が炸裂します。
33年間培われてきた指導方法の引き出しの豊富さ。
チームマネージメント力の凄さに脱帽しました。
その1
グラウンド・インすると、すぐにグラウンド環境・チーム備品を確認し、すぐに環境に応じた練習メニュー・走塁・守備面を重点に提案してくださいました。
合間に多賀でやられているメニューなども教えてくださいました。
全国大会での神宮球場対策などなど。
その2
言葉の使い方ひとつで子供たちの動き方・表情が変わる!
子供たちってグラウンドの中を走らず、歩くケースがあると思うんですが、辻さんが子供たちに「手ノック」をしてくれた際に
「じゃあ、次捕ったらこのかごにボールを入れて」
「ゆっくり持ってきてもええし、前の子を追い抜いてもええよ」
この2言で次の瞬間から子供たちは延々とダッシュを繰り返すんです。
また、子供たちの顔つき等を観て、集中力が途切れ出すと瞬時に違うメニューに移行しました。だから、子供たちは短時間でも楽しく、着実に上達していくんやなぁと思いました。
その3
子供たち・スタッフからのすべての質問に対し、その子・その人にあわせた簡潔で分かりやすい言葉を2秒で答えてあげるなど。凄いです!
その4
33年間で培われた戦術・戦略
例として、多賀は攻撃面では1死三塁の場面をつくりあげて点をとることを基本にし、さらに2点目3点目を奪うためには、という考えで走塁面も鍛えているとのこと。
二盗・三盗の際の多賀での練習方法や、逆に一・三塁時の守備では1点をやってもよい場面と、絶対防がないといけない場面での状況設定をし、辻監督自ら投手、捕手になってプレーすることで、子供たちに考えさせ理解させてくれました。
子供たちも「今日は疲れた! こんなに頭を使ったことがない」と言ってました。
その他にも、キッズに対して手取り足取り、ボールの投げ方も教えてくださり、キッズの育成方法や多賀での監督・コーチのグラウンドでの役割分担。それを実現するためのコーチ育成方法など、めちゃめちゃ奥が深い話ばっかりでした。
今度は、多賀での練習に参加させていただきたいと本気で考えています。
PLAY BACK特別企画⑥
カバラホークス
「少しでも長く」試合をするために捕手を強化する
(2011年取材)
「カバラホークス」--このチームと最初に出会ったのが2011年の4月だった。当時は東日本大震災・原発事故が起きたばかりで、日本中が揺れていた。それから10年、今は未だ収まらぬコロナ渦の世の中で、日本中が熱気や活力を奪われている。そんな状況でも、甲子園球場では選抜高校野球がおこなわれている。10年前、東北楽天・嶋捕手が力強く宣言したように、今こそ「野球の底力」を見せつけるときではないだろうか。
*
「カバラホークスに初めて取材に行って、今年が10周年になるんです」。斉藤孝仁総監督(代表兼務)に、そんなメッセージを送った。
斉藤さん もう10年ですか? 早いですね。
昨年まで5年間、伊藤が6年生チームを見ておりましたが、少し休憩したいと言うことなので、私が6年生を見ております。
菅原は自分の趣味のゴルフの方へ行ったきり帰って来なくなりました(笑)。
でも、いつでも連絡はつきますけどね。上部大会出場のときは必ずメールくれますよ。離れていてもチームのことは気にしてくれてます。
伊藤は3年生以下のおちびちゃんと楽しくやっております。
私 おちびちゃんですか! じゃあ怒ることなく(笑)、笑わせて、楽しく野球やってますよね。カバラさんはいつも気になるチームです。2015年の全日本は印象的でしたね。
斉藤さん ありがとうございます!
2015年はとにかく諦めないしぶといチームでしたね。監督采配が悪く(私です)同点にされたり、同点にしたりサドンデスばかりやってました。でも最後は必ず勝利してましたね! 我慢強いチームでした。
そうそう! 近藤さん、そのときのエースだった中舘 宙(みち)が専修大学松戸高校に進学しまして。これから始まる選抜で背番号「11」もらいました!
土曜日に連絡くれて、ちょ~嬉しかったです。
甲子園のマウンドに立ってほしいです!
本日3月25日はセンバツ大会6日目、専修大学松戸高校が甲子園の初戦に臨む。中舘君の登板を祈りつつ、今日はカバラホークスについて振り返る。
カバラホークス(足立区)は、斉藤総監督をはじめ、伊藤雅樹さん、菅原康さんらを中心とした指導者たちが、低学年から持ち上がり式で選手を育てている。2011年の初取材のときは、伊藤さんが高学年チーム担当、菅原さんはそのチームの試合を指揮する役割だった。
このときの取材のテーマは「バッテリー(キャッチャー)の育成」。当時のカバラには瀬川隆佑(その後、光星学院高校に進学)という天性に恵まれた捕手が、5年生ながらレギュラーとしてチームを支えていた。捕手という土台がしっかりしているチームはやはり強い(瀬川君が6年となった翌年、全日本学童に出場を果たした)。
10年に一人という名捕手に恵まれてはいたが、カバラのバッテリー育成法はとても理にかなっていた。その理念とは、すなわち「小学生のうちは、最初からすべてを求めない」。
ピッチャーには球速より、何よりコントロール重視。フィールディングも二の次。「ストライクが確実に投げられればいい」。
キャッチャーには「第1に、ボールを逸らさない(ボールを怖がらない)」「第2に、キャッチャーフライが捕れる(打者のスイングにも目をつむらない)」そして「最後がスローイング」という優先順位だ(投手・捕手に限らず、投げる・打つための力は体の成長につれて確実に強くなっていくもの)。
捕手出身の菅原さんが言った。「走られても、まさかホームスチールまではないでしょうし、本塁を踏ませなければいいんです。私自身、最初は真逆の考えで、盗塁を刺すことが一番だったのですが、子どもを指導していくうちに考えが変わりました」
自身のプレイヤー経験をくつがえすほどの発想の転換は、学童野球を指導するうえで非常に大事なことだと思う。勝負にこだわりすぎるあまり、固定観念に縛られる指導者は今も多いだろう。菅原コーチは「私たちは子どもたちに少しでも長い時間、試合をやってもらいたい。そのために、今もっている自分たちの力で何ができるのかと言ったら、キャッチャーを強くすることなんです」と言った。
学童野球、とくに低学年の間は、相手に走りまくられたり、暴投やパスボールなど自分たちが原因で失点を重ねてしまいがちだ。そうなると、野球の試合にならなくなる。相手に負けるのではなく、自分たちで負けてしまう。それでは楽しくないし、実になるものは何もない。だからこそ、最低限のゲームになるよう、不用意な失点を防いで、コールドゲームにならずに最後まで試合をやり遂げることが学童期には何より大事なことなのだろう。
捕手出身の菅原さんとともに選手を指導する伊藤さんは、実は現役時代(修徳高校・NTT東日本)はプロにも注目されたピッチャーだった。「小学生の捕手はどうしても、ボールを捕れることが最優先になってしまうんです。せっかく三振をとっても振り逃げで、塁に出してしまったらどうしようもないですから」。伊藤さんは投手の気持ちがわかるからこそ、捕手に求めるものもわかってくるのだ。
また、伊藤さんは自身のプレイヤー経験に加えて、教える相手は「あくまでも子ども」だという認識を忘れない。とはいえ、子どもだから難しいことは無理だろうとは決めつけない。1年生であってもゲッツーは狙わせるという。「できる・できないは別にして、子どもに意識付けすることは大事です。今はできなくても、意識して続けていけば、いつかはできるようになります」。
野球に関しては、人一倍厳しいという定評をもつ伊藤さんは、グラウンドでは選手を子ども扱いしない。そして、子どもの性格・性質に応じて接し方や対応を使い分けている。
「この子に今このことを教えても理解してくれるかな? それはその子を見ながら判断して指導しているつもりです。あんまり言い過ぎると頭がこんがらがっちゃう子もいるし、難しいことを言っても動けないでしょう。この子には怒っても大丈夫なのか、怒っちゃダメなのか。一年中ずっと一緒にやっているから、子どもたちの性格はわかってるつもりです」
小学生には“アメとムチ”ですよ--。伊藤監督のもう一つの指導方針だ。といっても、スパルタではない。「実践練習でヒット一本打ったら、もう一回打っていいぞ、というように、やる気を高めるようにしています。比率で言ったら、アメ:1・ムチ:9ですよ(笑)」
2012年全日本学童東京都大会、カバラは決勝進出を決めた時点で全国大会初出場を決めた。最後の決勝はいわば、勝っても負けてもいい試合だが…。「おまえら、好きにやっていいぞ、と言ったら、本当に好き勝手にやって大敗くらいました(笑)」
厳しい練習に耐えてきたご褒美として、選手はノビノビやった結果、緩みすぎてしまったのだろうか。かといって、指導者が叱ることはない。ご愛嬌というか、そんな子どもらしさを尊重するチームだからこそ、カバラホークスは強いのかもしれない。
打者のスイングにも目をつぶらず、打球の軌道を追って確実に捕邪飛をキャッチできるか、できないかは大きい
捕邪飛は迎えに行くキャッチではファンブルしやすい
吸収するように優しく優しくキャッチする
ミットは立ててキャッチする動きを身につけるペットボトル・キャッチ
PLAY BACK特別企画④
南平アトムズ
「1000球(半年間)」の投球練習で投手を育てる
(2015年取材)
練習おじゃま日記のプレーバック編、今回は東京都日野市の「南平(みなみだいら)アトムズ」。このチームは吉永健太朗選手(日大三高で甲子園優勝、早稲田大でも活躍した右腕)を輩出していますが、アトムズが東京都を制して全日本学童大会に出場したのは彼が卒業した後、2015年の夏でした。
僕がアトムズの青柳博雄監督(現在は総監督)と初めて会ったのは、その6年前のこと。大学の先輩の息子さんが在籍して(吉永選手とバッテリーを組んでいた宮下悟史捕手)いたことから紹介してもらいました。そのときは二遊間の選手の育成・練習を取材させてもらいましたが、次にお会いしたのが2015年の全日本学童東京都大会でした。アトムズとして東京都大会に進出したのは久しぶりとのことで、僕も試合を見たことがなかったので注目していましたが、あれよあれよという間に勝ち進んで、何と優勝してしまったのです。
当時のアトムズには体の大きな選手がほとんどいませんでした(大きくても150センチ台半ばが2人)。いわゆる“チビッ子軍団”ですが、守りはしっかりしていてバントも上手。四球などで出塁しては盗塁、エンドラン、スクイズで得点を重ねるという野球です。のちに選手のお母さんたちと話す機会があって、「日野市(地元)の大会ではいつもヒヤヒヤの試合が多かったんです。ゴキブリみたいって言われてたんです(笑)」と自嘲気味だったので、「あ、忍者みたいな野球ですか?」と聞いたところ、「そんなステキじゃないですけど、ゴキブリよりありがたいかも」と応じてくれたのを覚えています。
堅い守備と走塁・バントなどの小技に加えて、チームの土台を築いたのが「投手力」でした。絶対的なエースに頼ることなく、試合展開に応じてタイプの違う投手をつぎ込む。そのためには、計算できるピッチャーを複数人育てなければなりません。僕は都大会が終了して、アトムズの青柳監督に「バッテリー育成法」の取材をお願いしました。そこで見せてもらったのが、以下の練習です。
週1日、平日の放課後を利用して選手全員にピッチング練習を半年間、日課とさせていたのです。
「11月から4月までの半年間、毎週水曜日。4時限授業が終わって午後3時にグラウンドに集まるんです。この子たちは半年間で、合計1000球を投げたんですよ。6年生は一人40球ですから、25クール(週)で1000球。この数字は学年によって異なります(5年生:30球 × 25 =725球 4年生:20球 × 25 =500球)」
この当時は学童野球に投球数制限がありませんでしたが、驚いたことに、青柳監督の考え方は時代を先取りしていたわけです(現在は6年生が1試合70球制限)。
「一人15分ずつかかりますので、全員に投げさせると、かなり時間はかかりましたが、こうしてストライクが取れた確率をデータとして残したのです」
たんに肩慣らしでなく、メンタルも学ぶ
そのデータが投手としての適性をはかることにつながったわけです。たとえば、当時の選手を例に取れば、背番号1の選手はボールに力はあるが、コントロールに安定感を欠く傾向がありました。背番号10のキャプテンは捕手もやっており、打者の心理を読む能力に長けていました。
「たんなる肩慣らしではなく、投手として集中して投げさせます。そしてメンタルもこの投球練習から教えるんです。試合で2球ボールが続いたら間を取りなさい。それは屈伸でも深呼吸でも、何でもいいから落ち着いて周りを見ながら、なぜボールが続いたんだろうと考えなさいということを教えました」
その話を聞いて、ハッと気づいたのが前日の試合で見た5年生のピッチングでした。ピンチでボールが先行すると、ロジンバッグをさわりながら相手ベンチの様子を冷静に見て、気持ちを落ち着かせていたのです。
この5年生、長島君は東京都の決勝戦のマウンドにも立って、最後まで投げたそうです。あとで聞いたエピソードによると、最終回のピンチでマウンドに内野手が集まった場面では、緊張を解かせるためか、長島君が何と青柳監督のマネをしてみんなを和ませたのだとか(大物ですね)。
学童に限らず野球はピッチャーが大きなカギを握る競技です。ピッチャーが投げなければ始まらない。9つのポジションで唯一自分から攻めなければいけない。責任が自分の肩にかかっている。だから、時に孤独になる。しかし、そこで、いかに「周りには守っている仲間がいるんだ、僕は一人じゃない」と思えるかどうか。
青柳監督はキャッチャーの指導についても、こう語っていました。「子どもであっても、捕手は投手の心理状態をつかみなさい、と言っています。ピッチャーは孤独なんだから、声をかけなさい。
また、タイムの取り方も大事です。キャッチャーとは、サインの約束事を決めています。つまり『タイム取っていいですか?』と捕手がベンチを見て、私が『OK!』とサインを出すのです。1試合で取れるタイムの回数は監督で3回、キャッチャーで3回です」
長谷川主将の投球は安定感があるが、「まとまりすぎている?」
5年生・長島君は適当に荒れるところもあって、打者も絞りづらい
ボールが続いて自らを落ち着かせる長島君。なかなかのマウンドさばきだった
「学童野球は残酷だね」敗者にもリスペクトを
南平アトムズが誕生して40周年を迎えた2015年、チームは初めての全国大会出場を果たしました。じつは、この年の年初のパーティーで青柳監督は「今年はビックリすることがあるよ」と予言していたそうで、それが全国大会出場だったのかもしれません。選手の力も自信の根拠だったでしょうが、それを裏付ける半年間のピッチング練習。青柳監督はこの年を最後に現場から引いて、総監督となる気持ちもあったと聞きました。今回紹介したピッチング練習はチームとして初めて取り組んだそうですが、それには保護者の協力抜きには達成できませんでした。アトムズの保護者の方々の話を聞いていると、青柳監督への信頼感はハンパないと感じました。常に自身の健康管理に余念がなく、子どもたちのため、チームのため、保護者たちのため、人生の後半をアトムズに捧げている青柳さん(ご自身はチームのために早期退職をしたのだそうです)なのですから。
また、青柳総監督は野球を通じて、子どもたちにいろいろなことを教えています。この東京都で優勝した年のある試合でのこと。アトムズは中盤の5回に逆転して、その後のイニングを無失点でしのぐと、学童野球独特のルール「時間制限(1時間45分を過ぎて新しいイニングに入らない)」に助けられて勝利しました。そのときの青柳監督の言葉が「学童野球って残酷だね」でした。おそらく子どもたちには「今日は自分たちにルールが味方したけど、逆に自分たちがそれで負けることだってあるんだよ」と言いたかったのではないかと思います。だから、敗者の気持ちも考えて、悔いのないプレーをしなさいと。
野球というスポーツは、人生の縮図かもしれません。理不尽なことは、大人になって社会に出てからも頻繁に出会うものです。
先日、青柳総監督と久しぶりにお会いできて、短い時間でしたが、野球談義を楽しませていただきました。まだまだ元気で、これからも子どもたちのプレーに目を配り、厳しくも愛にあふれたアドバイスを贈っていくでしょう。
PLAY BACK特別企画①
東村山アストロズ
まずはバットに当たる喜びから
(2009年取材)
学童野球チームの練習を初めて取材したのが、東村山市にある「東村山アストロズ」だ(富士見小・八坂小が母体)。当時に取材した練習法の掲載をお願いしようと、保護者の代表に連絡したら、部員不足のためこの3月をもって解散するということだった(折からコロナによる緊急事態で、解散式は無期延期になったが)。
コラムでも紹介した梅原重喜先生から紹介してもらったのだが(卒団生は七中野球部にほぼ入る)、グラウンドを訪れてビックリ。来る選手来る選手がみんな、僕の前に来て「こんにちは」「こんにちは」と帽子を取って挨拶してくれたのだ。僕も一人ひとり「こんにちは」と返さなければいけない。帰って妻に話したら、「子どもたちは一回の挨拶でも、あなたは子どもの数の分挨拶をしたのね」と笑われたのを覚えている。
東村山市といえば、楽天のオコエ瑠偉の出身地として有名だが、彼の所属チームは東村山ドリーム。同じ市内のシーガルスとともに上手な選手が集まる名門チームだが、アストロズの場合はあまり大きな選手もいない。野球を始めて間もない子どもも入ってくる。
僕が取材に行ったときの監督・田中晃さんは「体格・能力の個人差が大きい小・中学生の時期に見切りをつけてしまうと、上の学校に進学して野球をやらなくなってしまいます。体ができていないなら、まずバットに当たる喜びを教えてあげるなど、その子に合った指導が大切だと思います」と語って、どんな子でもバットに当てる、まず打つ喜びを覚えさせる練習を見せてくれた。
(1)レベルスイングから教える
野球を始めて間もない子は体(特に下半身)ができていない。前に突っ込みすぎて、バットにボールが当たらない。まずバットに当てさせるには、レベルスイングから教える。小さく構えてボールが来たら、グリップエンドを投手方向に向けながら振っていく。右打者ならバットを握る手は下のほうの左手だけにして構える。右手は軽く添えて、振っていく段階でインパクトの瞬間にグッと握るのだ
(2)適正なステップを体で覚える
小学生に非常に多い欠点は、ステップを踏み出す際のスタンスが広すぎてしまうために、スイングのときに目線がぶれてしまうこと。
そこでスイングが終わったところで、その場にバットを置いて両手を正面からポンと押してあげる。スタンスが広すぎると、体がぐらついてしまうことが実感できる。押されてもぐらつかないような適正なスタンス幅を覚えられるというわけだ
(3)インパクトを強くするために
5年生まではレベルスイングで打たせても、6年生になるとダウンスイングで力強く打つことをおぼえさせる。下半身(太ももの内側)に力が入らないと、インパクトも弱くなる。
ステップをした状態で、両ももの内側にバットを挟んでも落ちないことが理想。
挟んだバットのグリップエンドの先に「インパクトがあるんだ」という意識を持たせたい
アストロズよ永遠に!
元気な顔でふたたび会おう
◎アストロズOBのメッセージ
下野祐紀さん(2007.03卒団)
七中でもキャプテンとして都大会に出場した下野さんは投手兼捕手だった。現在は製薬会社でMR(医薬情報担当者)の仕事に従事している。
●アストロズの思い出
アストロズでは、野球の技術のみでなく人としてあるべき姿も勉強させていただきました。監督(田中晃さん)は常々「周りの人間への思いやりがない言動がある人間がいたら俺は監督を辞める」と仰っており、コーチや父母、チームメイトがいて初めて野球が楽しめていると自覚するところから始まりました。小学生という幼い時期に、尊敬する方々と同じ目標に向かって努力できる、恵まれたチームに在籍させていただいたのは人生において大きな財産です。
●七中の思い出
自分が最上級生になり最初の大会、都大会出場を決めた試合が印象に残っております。1対0の勝利、初回の1得点をチーム全体で守り抜いた厳しい試合でした。都大会が懸かるスミイチの試合という重圧を乗り越えられたのは、技術のみでなく心も鍛えていただいた梅原先生の大変厳しい指導のお陰です。最終的に目標の都大会には2度出場できました。努力が結果に繋がるという成功体験を中学生で積み重ねられたことで、私自身前向きに努力できる人間になれたと感じております。
※ アストロズに関係したすべての方々へ。よろしければ、このコーナーにメッセージなどをお寄せください。こちらに掲載させていただきます。
北原少年野球クラブ
ストレッチが子どもたちの未来を広げる
コロナ感染拡大防止に努めながら、各地で野球活動が再開して初めての取材による「練習おじゃま日記」は、以前にコラムでも紹介した、東京・練馬の「北原少年野球クラブ」を訪ねて、かつてから取り組んでいる練習後のストレッチを取材しました。
「練習前のアップ、練習後のストレッチに取り組む時間の長さでは、おそらくどのチームにも負けない自信があります」
昨年の取材時、細田健一監督(当時6年監督、現在は4年監督)が言っていた通り、練習後は30分以上かけて、じっくりと、それでいながら選手たちは楽しく取り組んでいた。北原のストレッチに懸けた思い、細田さんに語っていただいたので、それを紹介しましょう。
自分の体重を手足でささえる体幹トレーニング
お尻で立ちながら、両手・両足を上げてバランスを取ろう
右手と左足(逆も)で体をささえる。上げた手と足は真っすぐに、体と同じ高さに上げる
腕立てならぬ、ヒジ立て? つま先で体をささえて、お尻は突き出さない
ケガに苦しむ選手のつらい顔は見たくない
「ストレッチをしっかりやろう、と考えるようになったのは約8年前のことです。当時、大会前に肩・ヒジを痛めて、試合に出られない選手が毎年のように出ていました。そんな選手たちのつらそうな顔はもう見たくない。学童時代で終わらせず、中学・高校でも野球を続けていけるように、少しでも故障者を減らせないか? と真剣に考えたのです」
現5年生監督の立石篤申さん(2016年の東京都新人大会優勝、関東大会出場)が声を上げ、大学で勉強してきて得意分野とする現6年生監督の知久麻貴さんを初め、スタッフ全員で試行錯誤しながら具体的にメニュー・方法などをまとめていったといいます。
体を鍛えるのは、何のため? たとえば、守備…
ゴロを捕って投げる動作でも、体の軸が強くなければいけないんだよ、と細田監督
野球は体が小さくても、体幹という「体の軸」が強ければ、誰でもできるんだ。その力をつけるためのストレッチでもあるんだよ
鍛えている部分を意識することが大事
また、強豪チームとの差を考えた結果、「フィジカル要素が不足している」と考え、ストレッチに加えて、フィジカルを鍛えるトレーニングも積極的に取り入れていきました。
「たとえば、守備の場合は打球に対する俊敏性、敏捷性(アジリティー)や身体軸の安定が大事です。そこで小学生に合った、自重を利用した(自分の体重を手足でささえる)トレーニングを練習の最後に取り入れています。
チームでは、これを「仕上げ」と呼んでいます」
「どこを鍛えているのか、を意識しているか、していないかによって、成果がまったく違うので、必ずメニューごとに説明をして意識させています。単にこなすのではなく、タイムを計ったり競争したりメニューごとに楽しい要素を取り入れつつ、効果的に実施しています」
目に見えた成果、そして未来
この取り組みを始めて約3年が経過したころ、目に見える成果が出てきたと細田さんは言いました。
「次男(細田歩夢選手=その後、石泉クラブでプレー)が全国大会(2017年の高野山旗全国学童軟式野球大会)の前、ヒジに違和感が出ていたことを考えると、効果があったとは言いきれませんが、さらにそれからの約3年間、肩・ヒジのケガで試合に出られなかった選手は、記憶では2人だけだったことを考えると、低学年から取り組んでいくことで成果につながってきているのではないかと考えます。
ゴールデンエイジと呼ばれる大事な時期を送る小学生にとって単なる準備運動やクールダウンだけではなく、神経系を高めることによって、将来にわたって大事になる巧緻性、俊敏性、瞬発力を養うことにも、きっとつながると信じて継続していきます」
現6年生は、すでにストレッチなどの取り組みを始めた後に、北原少年野球クラブに入部してきた選手たちであり、今となっては保護者にとっても当たり前の光景になっているといいます。
ケガなく、強い体をつくりながら、野球がうまくなる。心身両面で相手より強くなることを目指しつつ、この小学生時代で終わることなく、少しでも野球を長く続けさせたい。北原少年野球クラブの取り組みは、選手たちの未来を広げてくれるでしょう。続けてもらいたいと思います。
PLAY BACK特別企画③
守山ボーイズ
一生の宝物“正しい投げ方を身につける”キャッチボール
(2011年取材)
2011年の全日本学童大会(マクドナルド・トーナメント)で愛知県勢初の日本一を目指して戦ったのが、守山ボーイズだった。残念ながら、長曽根ストロングス(大阪)という強豪の前に敗れて全国2位に終わったが、さわやかな旋風を残してくれた。
特別に大きな体の選手がいるわけでもないが、大会を通じて目に付いたのが、全選手が美しいスローイングができていた、ということだった。
まだ体のできていない小学生だけに、無理な投げ方で肩・ヒジを故障してしまうことは何よりも避けなければならない。逆に、この年代で正しい投げ方、故障しにくい動きを身につけることができれば、それは一生ものの財産を手にできたといえるのではないだろうか。高校以上で硬式野球に挑む前に、故障から野球を断念することも防げるだろうし、引退してからも軟式の草野球で生涯にわたって野球を楽しめることにもつながるだろう。
ここでは、全国大会終了後の守山ボーイズを地元・愛知県名古屋市に訪ねて取材した練習メニューから、投げ方の指導だけをピックアップしてみた。練習法はスローイングに限らず、内野守備、バッティング、バッテリー育成など多岐にわたって披露してもらったのだが、ここでは「基本の基本である」投げ方(スローイング)に絞って紹介したい。一生の宝物を得るための、4種類のキャッチボールを見せてもらった。
※ 以下、「少年野球上達のツボ」2011年刊からの練習を写真付きで掲載します。
①ヒジから出す形を身につけるキャッチボール
ボールを高い位置(頭の上)でキープ。そのまま投げるが、肩だけを使って投げようとすると肩に負担がかかってしまう
だからヒジから前に出したら、そのまま相手に向かって投げる。そのほうが楽だと教えればわかりやすい。その際の右手は内旋すること
②ヒジから先の腕をしなやかに使う投げ方を覚えるキャッチボール
ボールを持った手を頭上に高く掲げて、そのままボールを頭の上で1,2回まわす
ヒジを前に出して、相手に向かって投げる
目的は、ひじからヒジから先の腕をしなやかに使うことを覚えるため
守山ボーイズの代表であり、持ち回りでも監督をつとめる(2011年準優勝時も)山本次雄さんは、自身は本格的な野球経験がない(中学までは軟式野球をやっていたというが)ながらも、子どもたちのことを第一に考えている素晴らしい指導者だ。ジュニアベースボールリーグ愛知(JBLA)の代表理事もつとめており、学童・少年野球全体のことを考えているのだ(中学軟式野球チームの守山クラブ代表でもある)。
「子どもたちの基本で一番大事にしているのが“投げ方”なんですよ。私が今まで見ている中では、小学校の低学年で身についた投げ方は、ほとんど一生直りません。このときのフォームのまま大学に行ってもやっているのがほとんどです。バッティングというのは、割りと打ち方を本人が変えていったりするけども、投げ方というのはなかなか直らない。
逆に言うと、小学生の低学年のうちに、正しく良い投げ方を身につけてほしいとは、いつも思っています。ピッチャーの投球フォームは別ですよ。自分で考えてスタートできるから。野手の投げ方は習慣的。その子のもっている、いいものが全部出ますから。特に小さいころからキチッと(正しいフォームを)つくってあげたい。6年になるとゲームばかりで基本はやれませんから」
取材当時の9年前、64歳だった山本代表は温和な表情で、優しくわかりやすく語ってくれた。頭の中にあるのは、常に子どものために。彼もまた、プレーヤーズ・ファーストを信条に、70歳を超えた現在でも変わらずに学童野球界に貢献し続けている。
③投げる前のポジションをつくる“クロール投げ”キャッチボール
右利きならなら右腕だけを使って投げるクセを直すと同時に、左のヒジもうまく使えるよう、投げるポジションをつくる
クロールを泳ぐ要領で肩と腕をまわす。下半身まではくねくねさせないこと
グラブの腕が前にきたところで、投げるポジションを取って投げる
④下半身のひねりと体重異動を意識して投げるキャッチボール
踏み出して投げる状態のスタンスで立ち、そのまま屈伸した状態から後ろに反動をつけて投げる
後ろに反動をつけるとき、左の足のかかとは上げず、できれば右ももの内側に力をこめる
屈伸しながらも、両足でしっかり地面をつかまえよう
守山ボーイズの大きな特長がもうひとつ。それは、練習は土・日・休日のみで、平日は子どもたちの勉強(ほとんどが塾通い)を優先させていることだ。「子どもたちが勉強する時間を奪ってまで、野球をやりなさいとはいえない。勉強の合間にスポーツ。この基本線は崩しません」
全国にあまたある学童野球チーム。まして全国大会の常連と言われるチームは、平日にも練習日をもうけている。そのなかで守山ボーイズの方針は、自然の流れに逆らわず、子どもたちも無理なく成長できるものなのだな、と思った。以来4年にわたって、毎年秋に守山ボーイズに取材に訪れた。最後に訪ねたのが、もう5年前になってしまったが、いつ行っても山本さんはじめチームスタッフ・保護者、そして選手たちは気持ちよく対応してくれて、離れていても応援したいチームの一つになった。
そして今年、新型コロナによる自粛期間を経て、少しずつ活動を再開した6月、山本代表に記事の掲載の許可をお願いするとともに、近況を教えていただいた。今年も山本代表は6年生の監督だった。相変わらず元気だった。
「私は相変わらず、守山ボーイズにJBLAの運営にと忙しくしています。
コロナの影響で、全国大会を始めいろいろな大会がなくなり、特に最終学年の6年生がかわいそうなので、JBLAは計画した全ての大会が出来るように努めています。
学童の全国大会はなくなりましたが、愛知県大会は8月から始まります。
私は現在6年生の監督をしていますが、今年のチームは力がありこの大会は目標の1つです」
またいつか、チームを訪ねにいきますので、そのときはよろしくお願いいたします。
2022夏東京都大会好チーム紹介①
小金井市立小金井第一中学校
東京都総合体育大会兼、選手権大会がスタートしました。7月22日、杉並区の上井草スポーツセンター野球場では、小金井市立小金井第一中学校が素晴らしい試合をしました。
率いるのは若い中村真一先生。まずシートノック前にベンチ前で行われた内野一箇所ノックの丁寧さに目を惹かれました。ファールグランドのわずかなスペースで行われたノックは、選手の右、左に数歩ずつ正確に打たれ、選手は足の運びを意識しながら丁寧に捕り、ステップをしてスロー。このプレーをどの選手もしっかりできていました。
シートノックが始まると、外野ノックも左右に大きく選手を動かしながら、丁寧に捕りやすい打球を打ち分け、選手は試合前に気持ちよく守備練習をしている印象が残りました。
試合前には円陣をして、気合いの声出し! それまでは比較的穏やかに見えたチームでしたが、一気にテンションが上がり、そのメリハリの良さに、日頃からの練習への誠実で前向きな取り組みが感じられました。
試合は序盤から2ランホームラン2本で相手を圧倒。積極的にバットを振っていく姿勢がありながらも、どの選手も基本の動作がしっかりしている、安定感のあるスイングが印象的でした。点差もつき、継投でコールド勝ちを収めた小金井一。大会役員の先生方からの情報によると、小金井一中は都大会の会場にもなる大きなグラウンドで、長きに渡り指導者の教員も切れ目なく赴任することができ、地域の野球少年少女の素晴らしい受け皿となってきたとのこと。東京都の顧問が競う教員野球大会では抜群の野球センスでチームを引っ張る中村先生のもと、さらなる飛躍が楽しみな好チームです!
(文・写真/練馬区立開進第二中学校 一ノ瀬純)
「北」の国の「真ん中」から“新しい風”
帯広セントラルノースクラブ誕生
2022年度の全中(全国中学校野球大会)は、北海道(札幌市会場)でおこなわれる。全中とは、全国の中学校体育連盟(中体連)に所属する中学野球部による大会だが、この全中に民間のクラブチームも参戦できることになる、というニュースは誠にもってサプライズだった。
(https://www.asahi.com/articles/ASQ39677KQ39UTQP014.html
朝日新聞デジタル記事 「全中、部活以外のチームも参加可能に プロユースや民間クラブに門戸」)
朝日の記事見出しにある「プロユース」とは、サッカーJリーグなどの育成組織を意味するのだろうが、こと野球に関しては、プロの育成チームは存在しないので、対象は民間の軟式野球クラブということになるだろう。
先月(6月)、北海道の十勝地方を訪れた際、折から開催されていた十勝春季中学野球大会を見に行ったのだが、大会プログラムの出場チームに見慣れない名前が記されていた。
帯広セントラルノースクラブ。野球の盛んな十勝地方でも、野球部員の減少は例外ではなく、同大会でも参加24チーム中、単独中学校は13チームで、残る11チームは合同チーム(23校による10チーム)と、帯広セントラルノースだった。北海道には、元プロ野球選手(元ヤクルト・高梨利洋氏)が立ち上げた「T・Tベースボールクラブ(T・TBC)」(札幌市)をはじめ、いくつかの中学軟式クラブチームがあるが、十勝・帯広市では初めてのクラブチームが、帯広セントラルノースということになる。
ここ数年、プライベートな用事からたびたび北海道・十勝を訪れていて、中学校の野球部を訪ねることも多かった。セントラルノースの名前を目にして、ピンときて問い合わせてみると、案の定そのクラブチームには知り合いの指導者が関わっていた。鎌田大(かまた だい)--帯広市立第一中学校の顧問がセントラルノースの監督であった。
鎌田先生と出会ったのは2014年3月、千葉県柏市でおこなわれていた「IBA-boys U14全国大会」に、帯広市立南町中を率いて出場していた。その後2017年11月、北海道白老町でおこなっていたU15北海道選抜の合宿で再会したときは、帯広一中に異動していた。鎌田先生の後をついで南町中の監督になった羽石浩之先生と初めて会ったのも、このときだった。
かくして、十勝を訪れた際は鎌田、羽石両監督のどちらかを訪ねることにしていた。南町中は羽石監督のときに2度、全日本少年大会(最初は夏、2度目は春)に出場したが、南町中のベースを築いたのは前任の鎌田監督だったとのちに羽石監督から聞いた。「鎌田先生の引き出しの多さにはかないません。仕掛ける勇気、タイミング。すべてにおいて学ぶものが多い人です」と一目を置いている十勝屈指の指導者だという。
2018年2月、厳寒のなか帯広一中の練習を見せてもらったことがある。学校内のトレーニングに加えて、グラウンドでは雪を踏み固めて足場を作り、ティーバッティングもこなすという驚きのメニューだった。「寒いからと言って室内練習だけではいけないので、時々外に出てグラウンドの感覚を思い出させよう」という狙いだったように思う。鎌田監督は数学の先生。野球は確率を求めるスポーツでもあり、「無駄なことはやらない」という信念が指導の根底にあるのだという。
話が大きくそれてしまったが、そんな鎌田監督のもとに、十勝初のクラブチームが誕生した。チーム構成は帯広一中と帯広五中の野球部員。合同チームという形を取らずに、クラブチームという道を選択した理由は以下の通り。
「中体連の合同チームに関する規定では、その都度編成し直さなければならず、1チームで試合ができる人数が満たない学校は別のパートナーを探さないといけないんです。人数が足りている学校も快く受け入れてくれるとは限らない。言い方は悪いが、たらい回しにされる。だったら、半永久的ではないけど、入学してから卒業するまで同じメンバーで、同じ練習環境でやらせてあげたい、と思ったのがクラブチームにした理由です」(鎌田監督)
きっかけは五中の野球部員が人数不足におちいったことだが、一中も「秋には9人ギリギリだったこと」から、一中保護者会会長だった橋本健太郎さんが両校によるクラブチーム化を打診したという。先に人数不足となった五中からの呼びかけではなく、一中サイドからの提案だった。両校の野球部はそのまま存続するかたちで、対外試合と練習は「帯広セントラルノースクラブ」に委託するというやり方で、2021年度からスタートした。
ただ、クラブチームなので中体連に所属することができない。中学野球部と中学軟式クラブチームを包括する「北海道中学軟式野球連盟」に登録している。春季十勝大会は同連盟の主催だったので、セントラルノースも参戦できたが、夏の全中につながる夏の十勝大会に出場することはできない。つまり、全日本軟式野球連盟主催の「全日本少年軟式野球大会」への挑戦権はあるが、全国中学校野球大会(全中)」への挑戦権はないということだ。
「それでも、来年度からはクラブチームも全中に出られるようになるみたいです」
鎌田監督は先を見据えて、時代を先取りしたのだろうか。どうしても全中を目指したいのなら、21年・22年は合同チームとして中体連に所属するかたちをとれば、それも可能だったと思うが、あえてそれはしなかった。
「あくまで、セントラルノースの選手たちが3年間同じメンバーで、同じ練習環境で野球を続けられることが目的です」(鎌田監督)
「野球は団体競技。仲間がいての野球は、子どもの成長にとって大きな柱だった。同じ顔触れで活動を続けてもらい、3年後に仲間との集大成を迎えさせてあげたい」(橋本代表)
全国を目指すばかりが野球を続ける目的ではないのだ。安定した環境で3年間、野球をさせてあげることがその後の選手たちの心身にわたる成長につながるだろう。セントラルノースの3年生にとっての集大成は、全中が終了した後の8月下旬におこなわれる北海道中学軟式野球連盟主催の全道中学生大会だ。中体連所属の他校の野球部の選手たちより、遅い引退を迎えることになるのだから、そこで思いきりプレーして集大成を迎えてほしい。
学校の部活動を巡る環境も変わっていく。2023年度から部活動の地域委託への移行も始まる。指導者は必ずしも教員ばかりでなく、民間人も請け負うことができる。セントラルノースの監督は現時点で鎌田監督だ。今後、教員の宿命ゆえに異動する可能性もあるだろうが、たとえ他校の教員になっても、外部指導者登録と兼業届けを出すことによって、同じチームで指導を続けることも可能にはなる。「セントラルノースは一中・五中の顧問が指導者に成ることが基本ですから、そうもいきません」と言う鎌田監督だが、その指導力は他校の指導者、選手の保護者たちも認めるところ。それはまちがいない。
セントラルノースの活動は始まったばかりだが、これから、十勝ひいては北海道の他校野球部にとって新しい指針となっていくだろう。注目していきたい。
「球童くん」の原点が、ここにある
がんばれ東山エイターズ
学童・中学軟式野球コミュニティ・サイト『球童くん』は2019年にオープンしましたが、そのルーツは手作りの新聞でした(2009~2018年「野球バカ一代新聞」、2019年「球童くん」)。その創刊号を飾ったのが、2018年に出会った目黒区の「東山エイターズ」でした。上の写真(都知事杯決勝で負けた後!)は、このサイトのカバー写真にも使われていますが、非常に野球の大好きな少年たちが集うチーム。そのときのチームの6年生が、この2022年春に中学球児から高校球児へと成長しました。今後この選手たちはきっと甲子園を目指して、グラウンドで思う存分活躍してくれるでしょう。
というわけで、今回は球童くんの原点となった東山エイターズについて、紹介したいと思います。
(2018年2月17日の投稿より)
いいチームは、ベンチを見ているだけでもわかります。
威勢がいい声だけでなく、選手同士の会話が聞こえる。いや、声はハッキリと聞き取れなくても、豊かな表情を見るだけで、一体感が伝わってきます。
東京・目黒区の「東山エイターズ」。初めて見ました。
以前に取材した日体荏原高校軟式野球部の斉藤浩之監督が、このチームの出身だと聞きました。
どうして、エイターズ?
「最初は8人でスタートしたからとか、幼稚園の8期生で始めたからだとか聞いています」と監督さん。
代表の方は目黒区の副理事長も務めている方でした。理事長は、ご存じ不動パイレーツの深井利彦さん。
「今年は不動さんを超えたいと思います!」
夏の全日本都大会が楽しみになってきました。
(2018年3月15日の投稿より)
かつてお世話になったチームとの関係も大事にしつつ、毎年かならず新しいチームを発掘して注目していく、というのが僕のスタイルだ。今年は「東山エイターズ」。
このチーム名を初めて聞いたのは、日体荏原高校軟式野球部監督の斉藤浩之先生の出身だったことから。そして、目黒区と言えば、東京の強豪「不動パイレーツ」が君臨する。
その不動を今年おびやかすのが、エイターズだろう。
コントロールバツグンの左腕エース、ほかにもゲームを作れる投手が3人はいそうだ。
なにより、このチームを見ていて「いいな」と思うのが、選手同士の空気感、笑顔と会話が絶えない。
「相手投手の特徴など、全員で伝え合っています」と代表。
「なんといっても、この子達は野球大好きなんです。あるとき、試合が終わってクルマで帰るとき、クルマが到着するまで時間があったので、選手の一人が『走ってきていいですか?』と聞いたんです。いいよと言ったら、なんと彼に引っ張られるように全員が走り出したんです」
試合を見ていると、ネクストに入っている選手が「目の筋トレ」をしていたのに気づいた。「あれは私たち(指導者)が教えたわけじゃなく、子どもたちで始めたんです」
目のトレーニングは、野球にとって大事なんだけど、何故? と聞いたら、子どもたちは口をそろえて「選球眼!」と目を輝かせながら言い切った。
夏の全日本学童都大会に出場できるのは、目黒からわずかに1チーム。「いつも勝てるわけじゃないけど、キミ達は絶対に負けないよ、と子どもらには言っています」と代表は自慢の選手たちをたたえていた。そう、自分たちを信じていけば、決して負けないはずだ。
全国に行くことばかりが、学童野球の目標ではないが、もっと上のステージでも見たいチームだ。
灼熱の都知事杯決勝を超えて
(野球バカ一代新聞『球童くん』創刊号より)
こうして、東山エイターズを追いかけ始めたわけだが、3月には全日本学童につながる東京都目黒区大会に足を運んだ。目黒はご存じ、強豪・不動パイレーツが君臨する。エイターズは秋の新人戦、その不動に敗れて準優勝だった。当然、夏の全国を懸けた都大会に進むには、不動を倒さねばならない。結果はまたしても決勝で不動の後塵を拝するのだが、都大会に出られていればかなりいいところまでいっただろう。
それでも、全国を目指すばかりが学童野球ではない。優勝すれば関東大会出場権を得られる、東京都知事杯。今度は不動パイレーツを破って、この大会に初出場。序盤の大量点差を跳ね返す粘りも見せて、とうとう決勝に進出した。
7月半ばの八王子・上柚木球場。その日も朝から暑かった。相手は全日本学童出場経験もある山野レッドイーグルス(世田谷)。エイターズはエース・岡山君が同日準決勝で完投したため(投球回数)、決勝は投げられず。それでも、3-3の熱戦で勝負はタイブレークの8回へ。
先攻のエイターズ、5点を勝ち越した。ただどんなに点を取ってもセーフティリードとならないのが怖いところ。その裏、2点差まで追い上げられるもツーアウト。高く上がったフライは内外野の中間、エアポケットに。チーム一の俊足、センター・金子祥大君が追いつくも無念の落球で同点となる。そして、続くヒットでサヨナラ負け。練習どおりの中継プレーも実らず、手にしかけた初栄冠は悔しくも零れ落ちた。
号泣する金子君をチームの坂田代表は「お前でなければ、あそこまで追えなかった、グラブに触るだけでもたいしたことじゃないか」と慰めた。8回表、走者一掃の三塁打を放っていた金子君でもあった。誰も責めることはできない。
このショックな敗戦にもかかわらず、いや、だからこそ、僕はエイターズがますます好きになった。彼らはやれることを精一杯やった。ただ、最後に勝利の女神が意地悪をしただけだ。
「試合だから勝てないこともある。でも、この子達は簡単に負けることはありませんよ」
坂田代表が言っていた言葉が頭の中に響いていた。事実、その後エイターズは23区大会で山野に雪辱を果たし、ナガセケンコーで敗れた茗荷谷クラブにもスポ少決勝でリベンジする。
*
月日は流れて、師走も迫る12月。目黒一中グラウンドでエイターズの練習を取材した。この日、6年生の参加者はわずか6人(下記の写真・コメントを参照)だったが、大橋健司監督らコーチ陣は変わらず熱心に指導していた。
「私の持論ですけど、バッティングはその子が打てるのなら自由に打たせます。守備は我流を認めませんけどね。で、打てなくなったとき初めてアドバイスをするのです」という大橋監督は、甲子園経験者でもないが、無類の野球好き。盗塁を教える姿にも楽しさを感じる。「この前の『球辞苑』でもやっていたよね。盗塁の走路は最短距離だよ!」。選手が小学生でも、野球のすべてを教える。それが将来につながる。
「何人かは中学受験のために抜けましたが、その分は地道に成長してくれた6年生のおかげもあって、23区大会もベスト4まで進めました」
チーム名の由来は「最初は8人だったから」とも言われるが、定かではない。ただ、名前どおりのベストエイトで終わることなく、大きく飛躍したこの一年だった。2018年の財産は、これからも永遠に引き継がれていくだろう。
⑩木村 維良(きむら・いら)
頼れるキャプテン。ポジションは三塁手。「エイターズで6年間、全部で成長できたと思います。打順は下位ですが、つなぐバッティングが得意です」
⑦岡山 倖暉(おかやま・こうき)
心技体で引っ張るエース。野球に取り組む姿勢はプロ級。「自分のアピールポイントは自信のあるストレートとコントロールで打者を打ち取ることです」
⑨片岡 昊平(かたおか・こうへい)
夏から秋にかけて急成長。ポジションは捕手。「僕は声とガッツでピッチャーを引っ張ることがアピールポイントです。キャッチャーは楽しいです!」
⑬大久保 慶太郎(おおくぼ・けいたろう)
片岡君と並ぶ成長株。まだまだ伸びる遅咲きのスラッガー。夏以降、すごくうまくなったと首脳陣も絶賛。「同じ小学校の仲間と平日も練習を頑張りました。すべて成長できたと思います」
⑭西畑 力輝(にしはた・りき)
彼も夏以降に成長、下位ながらランニング本塁打もかっ飛ばす。「外野をやっているんですが、自慢の足を生かして難しい打球も捕れます。守備は金子君がいろいろ教えてくれて感謝です」
⑮高田 蒼真(たかだ・そうま)
ポジションは一塁手だが、投手でもナイスピッチングを披露。いつも楽しくプレー。嬉しそうに照れる姿がすごくキュート。「全部成長できました。東山中野球部でも、みんなと頑張りたい」
高田 蒼真(広島・広陵高校)
岡山 倖暉(奈良・天理高校)
金子 祥大(東京・都立小山台高校)
牧田 健吾(東京・明治大学付属中野高校)
片岡 昊平(東京・都立狛江高校)
西畑 力輝(東京・都立小山台高校)
木村 維良(オーストラリア留学)
中村 光(東京・佼成学園高校)
堀川 蒼太(東京都市大学付属等々力高校)
大久保 慶太郎(神奈川・桐蔭学園高校)
2021年エイターズ統一王者に!
(東山エイターズのFacebookより)
エイターズ、王杯統一戦を制しました。
墨田区の王杯優勝の向島ビーバーズさんと目黒区の王杯優勝の東山エイターズとで、統一王者決定戦が本日行われ、学童高学年は東山エイターズが第4回の統一王者となりました。
エイターズとしては初めての王杯獲得で、統一王者獲得も初となります。
向島ビーバーズさん、対戦有難う御座いました。
第13回ナインカップ
V9黒江透修 中学校野球大会
「野球を愛する中学生により多くの活躍の機会を」
[大会結果]
優勝 練馬区立大泉中学校
準優勝 江戸川区立西葛西中学校
第3位 足立区立第九中学校、板橋区立志村第一中学校
昨年はコロナ禍により縮小して行われた大会でしたが、今年は交流戦も含め13チームが参加し、有観客で大成功のもと大会を終えることができました。
2日間で大会は行われ、1日目の予選は4つの会場に分かれて準決勝進出校を決定し、2日目は準決・決勝を貸し会場として練馬中学校にご協力いただきました。予選敗退校は2日目に交流戦を行い、「野球を愛する中学生により多くの活躍の機会を」という大会目的に沿う形で大会が運営されました。
優勝は練馬区立大泉中学校。夏の都大会にも出場し、着実に力を付けてきました。秋の新人戦は区大会で敗れましたが、今大会は、準決勝で秋の都大会ベスト8に入った足立区立第九中学校に4対3で勝ち、決勝戦も1点を争う好ゲームの中、ダメ押しの点を執念のスクイズで取って、江戸川区立西葛西中学校を4対2で退け、大会の頂点に立ちました。北区立稲付中学校で、強打のチームをつくり上げた村山先生が、大泉中学校でもバッティングに力を入れたチームを作り上げています。試合中も20人を超える部員が一丸となって良いプレーに喜び、ミスに対して全員で悔やしがる良い雰囲気を作っていました。観戦した保護者のみなさんが選手のプレーに一喜一憂する姿は、コロナ禍で失われていた部活動の素晴らしさを感じさせるものでした。
準優勝 /江戸川区立西葛西中学校
準優勝したのは西葛西中学校。率いる木村先生は、中体連野球部の役員や、読売巨人軍が後援し、江戸川区立上一色中学校の西尾先生が大会実行委員長を務める「下町杯」の事務局として、中学校野球に多大な貢献をされてきた先生です。抜群の指導力で、西葛西中学校も都大会で活躍する好チームに育てています。優勝への強い思いで、試合中も熱い言葉を選手にかけ続けていました。残念ながら決勝では敗れましたが、その熱い思いが選手を最後まで奮い立たせていました。複数の投手を起用しましたが、力強いリリースが共通しており、捕手も低い弾道の素晴らしいセカンドスローを見せるなど、高校野球やその先のステージでも活躍を期待させる力がありました。きめ細やかな進路指導もしてくださる木村先生。西葛西中学校の部員もたくさんのことを吸収していってほしいです。
第3位 /足立区立第九中学校
第3位は昨年の優勝校、足立区立第九中学校と、3年前の優勝校、板橋区立志村第一中学校。足立九は予選を圧倒的な強さで勝ち上がり、連覇を狙いましたが、準決勝で接戦の末敗れました。秋の都大会ベスト8として大会に参加してくれたことで、他のチームにとっては「打倒足立九!」が大きなモチベーションになったと思います。足立区の名門野球部として、来年の夏も大きく飛躍してくれることを期待しています。
第3位/ 板橋区立志村第一中学校
同じく第3位の板橋区立志村第一中学校はセンターラインの中心選手がチームを引っ張りますが、20名を超える部員が一丸となって戦う姿勢が何より魅力的なチームです。試合前のキャッチボールメニューも、様々な動きを入れた工夫されたもので、ノックも元気な声が絶えない好チームでした。秋の新人戦は板橋区大会で敗れましたが、走塁もそつがなく、都大会で活躍できる力が十分備わっていました。夏の大会での活躍が大いに期待されます。
今回も㈱富士見スポーツ様、綜合エレベーター㈱様をはじめ、新たに大会目的に賛同していただいた練馬区の企業や個人の方々にもご協力いただき、豪華なレプリカ優勝カップや、お菓子の詰め合わせなど、部員たちが喜ぶ副賞を用意することができました。また、大会OBの佐渡俊太選手(練馬区立八坂中学校野球部の卒業生)の協力で、BCリーグ信濃グランセローズのネックウォーマーを、リーグ戦参加校の優秀選手賞(写真・上)として提供することができました。この“球童くん(BB!KIDS Tokyo)”のサイトでも、NPBのドラフト会議に向けて頑張る佐渡選手を応援しています。今季は信濃グランセローズのエースとして活躍しました。
大会を運営していると、たくさんの「ありがとう」という言葉に出会います。今大会は大会参加費をいただかずに運営しています。「野球が好きな中学生を応援したい!」という思いに賛同してくださる多くの方々がいる。それを部員や保護者のみなさんに感じてもらい、部員が自然と「ありがとうございます」という言葉が言える環境をつくってあげる。それが、将来社会に貢献できる人間に成長していくための一助になるのではないかとも思います。野球を通して、たくさんの「ありがとう」に出会える温かい大会を今後も継続していきたいです。
(レポート/ナインカップ実行委員・一ノ瀬 純=練馬区立開進第二中学校)
鳥谷敬(阪神-ロッテ)に続け! 小作台少年の球童くん
さあキミがヒーローだ!
鳥谷世代が小作台の未来を切り拓いた
阪神タイガース、千葉ロッテマリーンズで計18年間のプロ野球生活を終えて引退を発表した鳥谷敬選手。華麗で堅実な守備、勝負強く力強いバッティングはもちろん、練習に取り組む姿勢や、野球と真摯に向き合える人間性においても、子どもたちに目指してほしい野球人でした。
鳥谷選手は聖望学園高校、早稲田大学での活躍は知られていますが、小学校時代に所属していたのは、羽村市の軟式野球チーム「小作台(おざくだい)少年野球クラブ」でした。小学5年のときに東村山市から転居してきて、小作台に入団しました。そのときの同級生だった人に話を聞くことができました。
久保晋之介さん。小作台で2年、中学では硬式の瑞穂リトルシニアで3年、合計5年間チームメートでした(久保さんはその後、早稲田実業学校高等部でプレー)。
「小作台では鳥谷さんが1番ショート、私が3番ピッチャーでしたが、瑞穂シニアでは鳥谷さんがショート、私はセカンドで二遊間を組んでいました。
とにかく、鳥谷さんは足が速く、肩が強い。球際も強くて、三遊間の打球を飛びついて捕りにいって、鎖骨を折ったこともありました」
小作台での思い出に残る試合は、「6年最後の試合」という。「そこで勝って、創部初優勝を飾ったことです。小作台では野球の楽しさと勝つ喜びを学ばせてもらいました」
小作台少年野球クラブはその初優勝をきっかけに、東京都でも強豪に数えられるチームになり、2013年には全日本学童マクドナルド・トーナメントに初出場を果たします。
最後に、久保さんから鳥谷選手に贈るメッセージを紹介します。
「あなたの活躍している姿には、いつも勇気づけられました。長い間、お疲れ様でした!」
*
僕が小作台の試合を初めて見たのは、2013年の全日本学童大会・開催地代表決定戦でした。捕手の井上恵輔選手、二塁手の橋本脩生(しゅい)選手、そして4年ながらメンバーに入った佐藤優真選手。いずれも、その後の高校野球で甲子園に出場しました。
2013全日本学童出場の小作台OB
甲子園は3年連続の出場!
6年・井上恵輔/東海大相模(2019)
5年・橋本脩生/健大高崎(2020)
4年・佐藤優真/東海大相模(2021春優勝)
中学野球部好チーム紹介(令和3年 秋季都大会)
王者相手に一歩も引かず
足立区立第五中学校
実戦で生きた試合前の真剣ノック
48の代表チームが出揃い、令和3年度東京都中学校野球秋季大会がスタートしました。新型コロナウィルスの影響で例年より少し遅いスタートとなりましたが、寒さを吹き飛ばす熱い戦いが繰り広げられています。
大会2日目となった10月24日(日)は、夏に全中に出場した江戸川区立上一色中学校、全日本少年に出場した駿台学園中学校が上柚木公園野球場に登場しました。その中で観客を魅了したのは第二試合、上一色を相手に粘りに粘った足立区立第五中学校でした。
14人と決して多くない部員数ですが、体格も高校生顔負け、夏の全中でレギュラーとして活躍した選手もいる上一色に対して、臆することなく立ち向かいました。キャプテンはジャンケンに勝って後攻を選び、そこから勝つ気持ちを前面に出してきました。シートノックでは、村上雄一先生が心を込めて丁寧に打つ球を、部員たちも丁寧に心を込めて捕っていました。大柄でパワーがあり、それでいてきれいなフォームから放たれる村上先生の外野へのフライは、部員が試合前に自信をもてるように、確実に補球できるところに打たれていました。そしてこれが試合で生きてきます。
試合は序盤から上一色が得点を重ね、4回までに6-0とリード。5回で7点差となればコールドゲームのため、足立五は追い込まれます。しかしここから驚異の粘り! ノーアウト2、3塁のピンチを0点で抑えると、ベンチ、スタンドの保護者が一体となって盛り上がりを見せます。上一色も背番号1のエースピッチャーを終盤に投入しますが、するどい当たりのヒットを打つなど、逆に終盤は足立五がチャンスを作る場面もありました。得点することはできませんでしたが、5回以降は相手にも得点を許さず、最終回の7回まで勝負をあきらめることなく戦い抜きました。ここで1本ヒットを打たれて7点差にされたうえで、その裏が無得点であれば試合終了という場面が何回もありましたが、大きな外野フライも良いポジショニングで確実にアウトにし、普段からの練習、試合前の練習がしっかりと生かされていることが伝わってきました。役員席でも河川敷の広い球場で鍛えられている外野守備だと称賛の言葉が相次ぎました。
試合後、足立五の村上先生は「100点満点です!」と部員のがんばりに感激の表情。熱血漢でありながら、物腰がやわらかく、優しい笑顔で周りにいる人が皆応援したくなる村上先生。都大会にチームが出場しても、東京都中体連野球部の役員としての仕事も一生懸命してくれます。今回の試合では、口に透明マスクをつけ、部員に自分の言葉が伝わるように細やかな配慮をしていました。バッティングのアドバイスも「手のひらが返る瞬間に打つんだ!」とジェスチャーを交えながら、わかりやすいシンプルな言葉かけを徹底していました。また、自身の胸を叩き、「気持ちだ!」と熱い言葉をかけ続けていました。夏には全中準優勝、全国のチームの憧れでもある上一色中学校相手に、部員がひるむことなく、勇気をもって堂々と戦えたのは、村上先生の指導力と人間的な魅力が生み出す信頼感だったと感じます。近年、足立区から都大会に進出するようになってきた足立区立第五中学校野球部。部員も保護者も信頼してついていける魅力ある指導者が率いる好チームです。
(レポート=練馬区立開進第二中学校・一ノ瀬 純)
【特別リポート】第12回全日本少年春季軟式野球大会
全国初出場で初勝利
逆井(さかさい)中学校
“野球校長”が見つめた3年間の軌跡
閉幕して1カ月近くが経過した「全日本少年春季軟式野球大会」。星稜中の「夏・春」連覇という結果でしたが、今年は春に予定されていた大会が秋に延期となって、各チームともに調整の難しい大会となりました。そのなかで、一つのチームを通して、全国出場決定から実際に本番を迎えるまでの歩みを振り返ってもらうレポートをお送りします。
*
この「球童くん」に、またもや「柏」(かしわ=千葉県柏市)が登場します。白坂琢先生(芝浦工大柏中)、片山久和先生(柏球友会など)、川島博貴先生(逆井中-酒井根中)。なぜ、そうまでして「柏なのか?」。それはひとえに、中学野球にかかわるすべての人たちが熱心で、真面目に楽しみながら、選手のことを第一に考えて活動していて、魅力的だからです。
そして、今回の逆井中。川島先生がいたころの「練習おじゃま日記」でも紹介しています。月日は流れて、今回初の全国出場を果たしたことを、実は僕は5月まで恥ずかしながら知らなかったのです。教えてくれたのは、現・酒井根中の川島先生。「いまの逆井中は僕と同期で仲のいい指導者が見ています」。その同期の先生とは、僕も昔からなじみの深い麻生徹先生でした。柏四中から我孫子中、そして教育委員会に長く勤めて、ようやく中学の現場に戻ってきたことは知っていたのですが、まさか全国出場を果たしていたなんて……。
くしくも、逆井中には今年度から、“野球校長”が強力な戦力に加わったそうです。それが磯岡錦司先生でした。磯岡先生は「一般社団法人 少年軟式野球国際交流協会(I.B.A-boys)にもたずさわっているほどの、野球大好き先生。もちろん、僕も以前から知っていました。
「行きたくても行けない」から、と編み出したリモート企画。今回も行きたいのを我慢して、レポートをお願いするとしたら磯岡先生しかいませんでした。
顧問の麻生先生、 選手の代表として野球部部長(キャプテンとは別)の大前有輝選手にも寄稿してもらいました。
10年ほど前に逆井の顧問だった川島先生(今は酒井根)
12年前の麻生先生(柏四中)。教育委員会を経て逆井に
そして今年度、逆井にやってきた磯岡校長
2021文部科学大臣杯
第12回全日本少年春季軟式野球大会出場に思う
柏市立逆井中学校 校長
磯岡 錦司
出会いは2019年(1年秋)
私が逆井中の校長に着任したのは、今年度の2021年4月ですが、このチームとの関わりは2019年が始まりでした。彼らが1年生のとき、私が中学部委員長として主催していた「IBA-Boys秋季東日本中学生軟式野球大会」に参加依頼(開催地枠として、柏から出場できる)したときからです。当時は柏市立南部中学校教頭として、教頭職4年目を迎えた年でした。
東日本選抜(毎年2月に開催する大会)などで交流のある麻生徹教諭との縁もあり、ぜひとも賛同してもらいたかったところですが、逆井中はその後に柏市1年生大会で優勝し、県大会が決まりました。IBAの大会と同日開催だったため、残念ながら急遽の参加辞退という形になってしまいました。逆井中は、県大会では東海大浦安中学校に3対7で敗戦を喫して、以来「打倒! 東海大浦安中」を目標に精進したそうです。
柏を含む東葛(とうかつ)地区では毎年、「東葛駅伝」という大会が開かれています。この年の夏は、まだ駅伝合宿も行われていて、柏市合同の合宿に私も校長の代行として参加しました。そのときに同室だったのが、当時の逆井中校長・野上浩資先生でした。野上先生も船橋で野球に携わってきた方で、その晩は二人で野球談議に花を咲かせたのを覚えています。
コロナ渦で全国をつかんだ2020年(2年秋)
そして、翌年度(2020年)。この年はコロナ禍による緊急事態宣言下の中でスタートし、感染拡大防止から、学校行事や修学旅行等がすべて中止になり、野球も全国大会が中止となりました。中学でも部活動がままならず、特に最終学年の3年生たちはいろいろな場面で苦汁を味わうことになります。
新人大会はコロナ対応をしながら、何とか実施できました。10月下旬に行われた県大会では、私は教頭職においてなかなか時間が取れない中、奇跡的に日程が合ったため、準決勝・決勝は運営に携わりました。
そこに登場したのが、逆井中野球部でした。準決勝は七林中に7対3で勝利、決勝は東海大浦安中に3対2で勝利、初優勝を飾り、春の全国大会の切符を手に入れました。閉会式で、連盟からの賞状を彼らに渡したこと、「打倒! 東海大浦安中」の目標達成、彼らの活き活きとした笑顔を覚えています。
本来なら、翌年3月下旬に行われるはずの全日本少年春季大会もコロナの影響で9月に順延されました。年度内の任期だった野上校長先生もさぞかし残念だったことでしょう。そんな中、3月異動の時期、私に逆井中への校長としての転任命が下されました。引継ぎのとき、野上先生とこのような形で再度お話しさせていただくことになるとは、これも「縁」なのかもしれないと感じました。
さまざまな壁を超えて2021年(3年秋)
4月、私が逆井中着任早々に、春季市内大会が行われました。同じく4月に着任した渡耒恭輔教諭が前任の高山峻教諭に代わり、野球部の指揮を執ることになりました。順調に勝ち進みましたが、前年秋の県の新人大会以降はさらに厳しい部活動の制限のもとで、実践練習がほとんどできていなかったことが危惧されていました。
どのチームも同じ条件で練習不足は仕方ありませんが、決勝の相手・酒井根中はいち早く「クラブ化※(註:この稿、最後に掲載)」しており、定期的に活動を行っていたということです。結果はシーソーゲームとなり、終盤8対8まで追いつきましたが、最後は2点取られて敗退しました。この大会が実践の本番となってしまったチームとしては、どうしても投手の調整は難しかったと思います。県新人大会で優勝した投手力までは戻らなかったように思います。
そこで9月の全国大会に向けて、逆井中としても「クラブ化※※ 」して定期的に実践経験を積ませることが不可欠でした。これも運よく「スポーツライフ」というNPO法人の方を紹介いただき、5月から「クラブ化」し、活動していくことになりました。柏市部活動ガイドラインや緊急事態宣言やまん延防止特別措置のもとで、部活動では実現できなかった休日のチーム活動の充実を図りました。もちろん、コロナ対応には十分配慮しながらの活動となりました。
部活動とクラブ活動を併用しながらの活動となりましたが、コロナ対応をしながらの活動は、やはり制約が厳しく、今まで出来ていたものとは隔たりがあったと思います。そういう中で、臨んだ夏の県大会ですが、2回戦は松戸の常盤平中に2点先取したものの逆転され、カーブを主体とする投球に翻弄され敗退しました。わかっていても打てないものです。実践不足はそういうところにも出てしまいました。
県大会を制したのは、東海大浦安中。開催県代表で全国大会(全国中学校軟式野球大会=全中)に出場を決めました。その後は全日本少年春季大会に向けた取り組み中心の活動となりました。制約の多い中、麻生、渡耒の顧問2人を中心に、新チームの取り組みも開始しながら、よく取り組んでいたと思います。直前の調整試合では、千葉県選抜に勝利し、埼玉代表の平方中にも勝利できて、調整は順調だったと思います。
本来3月に行われるものが、9月に実施されるということで、すでに行われた2つの全国大会(全日本少年、全中)の優勝チームも参加するという異例の大会でした。全中の優勝校・島根の大田市立第二中学校と、夏の全日本少年優勝チーム・石川の星稜中学校が出場ということで、事実上の全国大会優勝決定大会になりました。しかし、コロナ禍による制限のもと、大田二中を含む4チームが辞退したことは残念でした。
逆井中はシード枠であったため、2回戦からの試合となりました。勝てば次の3回戦も同じ日に行うというダブルヘッダーです。その初戦は1回戦を勝利した、福井の清水中と対戦。相手は1試合戦ってきているので、そこがポイントになると予想します。案の定、緊張でガチガチの様子。先制し追いつかれるも、追加点で引き離し、4対2で勝利をあげました。
続く同日の2試合目(3回戦)、相手の岡山・井原アローズは強豪クラブチーム(※※※)です。前半で4点取られ、最後は1点差まで詰めるも、あと一本が出ず3対4で惜敗。試合後の挨拶の場面では、皆が涙を流しながら、保護者や関係者への感謝の言葉を述べ、締めくくることができました。素晴らしいベスト16でした。大会自体は夏の全日本を制した星稜中が優勝、その星稜中に準決勝で敗れた井原アローズが3位という結果でした。
そして今後、部活動が進むべき道は
千葉県は今年度、地元開催の全国中学校軟式野球大会で東海大浦安中(1回戦)、夏の全日本少年軟式野球大会で松戸四中(第3位)、春の全日本少年軟式野球大会で逆井中(ベスト16)と3チームが全国大会で活躍することができました。これらの大会を開催する上で、関係者、関係各機関等さまざまな形でコロナ対応をしながら尽力していただきました。そして、全国大会に参加してみて、やはり保護者の負担は大きいと思いました。試合をするだけならいいのですが、それに伴い多くの必要事項が発生するのです。保護者の時間的・金銭的負担等は増すばかりです。
令和5年度から文科省は、部活動の地域委託を打ち出しています。柏市もそれに向け、すでに動き出しました。そういった状況をしっかりと見据え、さまざまな角度から、知恵を出し合いながら、部活動・地域スポーツに取り組んでいかなければなりません。多くの方々と協力しながら推進していければと思います。(了)
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今回、部活動の「クラブ化」という言葉が何度も、磯岡校長の話から出てきました。「クラブ化? それって何?」と思われる人も多いと思いますので、ここで少し解説をさせてもらいます。
柏市では現在、4つの中学校の野球部が「クラブ化」しているといいます。その形態(※註も参照)はそれぞれ違えど、共通していることは「選手や監督・コーチなど構成員は、野球部と同じで変わらない」ということです。では、何が違うかと言うと、活動体の性格でしょう。「野球部」といっても主体はあくまで学校に属する活動体、一方の「クラブ」といえば、主体は自分たちだということでしょうか。
主役は選手であるといっても、そこはまだ子ども。大人たちがリードしなければなりません。今回の逆井中は校長先生が「野球校長」の磯岡先生だったからこそ出来たともいえるでしょう。それでも、私が永年見てきた柏の中学野球界は、「自分たちだけが良ければいい」という人は一人もいません。だからこそ、柏球友会や東日本選抜など、いろいろな野球の取り組みを「横のつながり」の強力さで成し遂げているのだと思います。
スポーツ庁は、中学校の休日の運動部活動を学校外の地域活動に移していくための具体的な議論に着手し、2023(令和5)年度から土日祝日の部活動を学校の管理下から外していくことを発表しています。この問題は深く、現在の指導現場の意見も拾っていきたいと思いますので、また別の企画で検証していきたいと考えています。
(註)
※酒井根中の「クラブ化」
酒井根中では、校長主導で「酒井根コミュニティクラブ(通称SCC)を立ち上げた。「PTA会長をトップに置き、その下に各クラブの代表者ということで、うちは野球部の保護者会長にお願いしています」(野球部・川島博貴先生)。
現在は男女バスケ部、吹奏楽部、野球部が登録。「逆井と違い、学校内の地域コミュニティクラブなので今のところ保険加入費用以外は無料です」。
※※逆井中の「クラブ化」
逆井中野球部も2021年5月から、クラブ化の道を歩んでいる。NPO法人スポーツライフに登録するかたちで、選手にはスポーツ保険加入料としての入会金(1500円)のほか、月500円の会費を募って運営に当てている。
ちなみに、逆井中をはじめとしたクラブチームの指導者は野球部と同じで、外部委託はしていない。
※※※強豪クラブチーム
クラブチームとは本来、所属の学校を問わず、任意で結成されたチームのこと。参加者は会費を払って、クラブ・チームが運営される。各都道府県など地区の軟式野球連盟に所属。有名な全国のクラブチームには、横須賀ファイターズ(神奈川)、西京ビッグスターズ(京都)、広島スターズ(広島)、門真ビックドリームス(大阪)、竜王ジャガーズ(滋賀)などがあり、全国大会に出場している。
どこにも負けない逆井中の強みとは
野球部顧問 麻生 徹
私が逆井中に着任したのは平成29(2017)年度で、今年が5年目となりました。着任した当時から気づいたのは、理由はわからないのですが、部員数が隔年で多い・少ないを繰り返していたことです。野球部で現在3年生の生徒も同じパターンで、部員数が多い年度にあたり、最終的には15名となりました。1つ上の学年は部員数が4名(うち女子2名)であり、彼らも上級生の試合に入学後からすぐに出場していました。この点における経験値の面では、他校・他チームを大きくリードしていたことは間違いないでしょう。また、この学年は部員数が多かっただけでなく、運動能力が高いメンバーも揃っていました(ここ数年では一番運動能力が高い)。
私が着任してから2度、柏市の1年生大会で優勝しました。現在の3年生と高校2年生の代です。現在の高校2年生も、チームとしての力はありました。しかし、それぞれの1年生大会優勝時のことを思い返すと、伸びしろという点においては、高校2年生よりも現在の中3の世代のほうが可能性を秘めていたと感じます。
部員数や運動能力、経験値等のアドバンテージはありましたが、他にも恵まれていた点があります。私の他に、野球部の顧問にたずさわった教員は、すべて野球経験者であり、知識・経験ともにそこそこあったと言えるスタッフでした(高山峻教諭・渡耒恭輔教諭)。人事異動で顧問が交代したこともありました。子どもにとっては、同じ大人に長く指導されることの利点もありますが、3年生にはさまざまな野球経験のある人間が関わったこともプラスになったのではないかと考えています。関わった顧問の年齢は30~40歳で、生徒との距離感も近すぎず、遠すぎずと絶妙なバランスであったと感じます。また、さまざまな顧問が指導に関わることで、それぞれの顧問がもつ、つながりから練習試合を組む相手も多方面で可能となり、さまざまな相手と練習試合を経験できた点もプラスでした。
私個人的には、同年代の先生方と付き合いをさせてもらい、特に「昭和55年会」の先生方には大変お世話になっている。この「昭和55年会」には、県大会出場常連校、上位進出校、関東・全国大会出場校の指導経験がある先生方が揃っているため、切磋琢磨して競い合う間柄です。「昭和55年会」の先生方、各チームの選手には大変感謝しています。
さらに恵まれていたのが、現在の磯岡校長先生、前任の野上校長先生、また前々任の加藤校長先生は、教諭時代に野球部顧問で、野球部の活動に対して温かい気持ちで支援していただけたことも恵まれていた点でした。私も大変感謝している点であります。
そして、最大の強みは部員たち自身が「純粋に野球が好き」であるという点です。打つこと、投げること、走ること、チームでの勝利に向けて一丸となることに、大いに楽しさを感じ、部員たちは生き生きと活動している様子が見られました。「好きこそ物の上手なれ」の言葉通り、野球に限らず、自分が好きなことに熱中できることは幸せであるし、その姿勢が結果にも結びついたのではないかと強く感じています。
この仲間と野球がやれて、僕は幸せ者だったんだ
野球部部長 大前 有輝
野球部としての活動はとても大変でした。
なぜなら、毎日の練習は最終下校時刻までだったのですが、土日はクラブチームとして練習試合や練習をこなして、学校の他の部活動と比べて、活動時間を長くできたからです。
だからこそ、良い成績を残せたのだと思います。
まず、柏市1年生大会の優勝です。
1つ上の代の新人戦ではコールド負けをしてしまった悔しさをバネにして獲った優勝だと思います。
次に柏市新人戦、千葉県新人戦優勝です。
決勝戦では、1年生大会の1回戦で戦って負けた東海大浦安を相手に、いい勝負をして、さらに勝つこともできて、とても嬉しかったです。
最後に、全日本少年春季軟式野球大会ベスト16です。
チーム一丸となって、この大会に向けて一生懸命努力をした成果の賜物だと思います。
逆井中野球部の活動は、いつも明るく、楽しく、一生懸命に取り組んできました。
そして、休日でも野球部のメンバーで遊びに行ったりするほど仲が良かったです。だから、良い成績を残すことができたと思うし、このメンバーじゃないと、ここまで良い成績は残せなかったと思います。
野球部の活動を振り返ると、楽しかったこと、嬉しかったことしか思い浮かびません。
だから、僕はこのメンバーで野球をできて、幸せ者だったんだなと思いました。
第44回東京都知事杯学童軟式野球大会 優勝チーム・レポート
カバラホークス13人で歩んだ成長記
東京都の学童野球で「全日本学童」と並ぶタイトルが「東京都知事杯」。今年の大会は天候不順の影響もあって、決勝が9月12日におこなわれ、カバラホークス(足立区)が優勝しました。
開幕から実に2ヶ月に及ぶ長い戦いを、監督の齋藤孝仁さんに振り返ってもらいました。
渾身のレポートをお楽しみください。
カバラホークス代表・監督の齋藤です。このたびは、東京の学童選手の誰もがあこがれる「東京都知事杯」を獲ることができました。関係するすべての皆様に感謝します。
ここで、都知事杯優勝を遂げた私たちチーム・選手の成長の歩みについて報告させていただきます。
【選手たった4人からのスタート】
この学年は4年生になった時は4名しかおらず谷間の学年でした。春を過ぎて2名入部しましたが、9人まであと3人! 秋にまた1人で、あと2人。12月に9人になり、やっと同学年で試合が出来るようになりました。5年生の春には11名になりましたが、野球経験の浅い選手ばかり。新人戦の足立区予選会の時は4年生、3年生の力を借りないと厳しい状態でしたが、何とか新人戦都大会に出場! ベスト8まで進むことが出来ました。この地点では3年生を2名レギュラーにしていました。11月に5年生1人、年明けにまた1人と増え、2月には最終学年を迎えて6年生が13名になりました。
新人戦出場も果たし、狙うはマクドナルド・トーナメント。都大会出場! いやいや全国大会出場!! いやいや全国制覇!!! と大きな目標を立てて1回戦、2回戦と足立区予選会を順当に勝ち上がり、選手も私たちも手応え充分で迎えた準決勝! 相手は4年生の時に負けている西伊興若潮ジュニアさん。ちょっと苦手意識がありましたが、今の戦力なら勝てる。そう信じて試合へ!
最終回まで5ー3でリードも1点差まで詰め寄られ、なおツーアウト2塁、3塁。レフトオーバーを打たれまさかのサヨナラ負け…。
「学童野球の甲子園」マクドナルド・トーナメントを目標に、そこに行くことを信じてカバラホークスに来てくれた親御さんに申し訳なく選手も私も泣きました。
【目標はまだある、あきらめない】
試合後のミーティングで『残念ながら全国制覇の目標はなくなってしまったけどまだ関東大会が残ってる。今日のこの悔しさを決して忘れることなく都知事杯優勝、関東大会優勝することを次の目標に』気持ちを切り替えることにしました。
その後、足立区は新型コロナウイルスによる緊急事態宣言で一斉の練習、遠征試合、全て禁止になりました。6月の中旬にやっと活動が出来るようになりましたが、1ヶ月間活動なしは不安ばかり。
それでも毎回練習初めの時、ダラダラしている時に集めて全日本の悔しさを思い出し、都知事杯優勝の目標を再認識しながら練習、練習試合に汗を流しました。
7月はいよいよ大会間近!
5年生の新人戦の時には居なかったメンバーもいたので都大会の戦い方の説明。
何が何でも先取点、どんなことでも我慢、絶対に最後まで諦めない、流れを渡さないこと、打たないと勝てないなど(都大会に限ることではありませんが(笑))。
【長い、長いたたかいのはじまり】
そして7月11日、第44回東京都知事杯開幕!
初戦は友好チームのレッドサンズBさん、文京区の大会でAチームを破って乗っているチームです。とはいえ相手は5年生、友好チームなので戦い方に迷いましたが、こちらも絶対に負けられない戦い。初戦の難しさも考え、逆に失礼のないようフルメンバーで対戦させて頂きました。打線が繋がり、4回8ー1のコールドゲーム発進! 初戦突破出来ました。
次の相手は港区の高輪クラブさん。実は港区で大会があるとの情報を得て対戦前に観戦。キャプテンを軸に上位打線は強力でした。2回戦、観戦にも行って注意していたのに、相手の10番くんに初回スリーラン打たれ先制されました。1点返すも、また1点取られ、なかなか流れが来ません。試合は後半、相手のミスに連打も出て1点差。その後ピッチャーが代わり、流れは完全にウチへ! 一気に攻めることが出来て、終わって見れば11ー4の6回コールドゲーム。
3回戦は会場が滝ケ原から大田緑地に場所を変え、日野万タイガースさん。この試合も初回にエラーも絡み嫌な2失点、1点返すもまたエラーで、再び1点取られるピリッとしない展開。しかし、4回に下位打線が繋がり逆転に成功! その後1点を追加して5ー3で逃げ切りました。
ベスト8進出です。
8月1日は、いよいよ準々決勝、準決勝のダブルです。昨年の新人戦はベスト8止まりでした。選手たちにこのことを伝え、「この壁を破ろう」と気持ちをいれました。相手はクラウンさん、全国にも行ったことがある強豪です。都知事杯3試合目の登板になるエース井手のピッチングが安定してきました。打線もコツコツと点数を積み重ね、5回まで毎回得点。相手に流れを渡さず、勝ちパターンの井手―平沼のリレーで6ー2勝利! 次の試合も考えて、井手は規定投球数を20球残して交代しました。
準決勝は、毎年練習試合でお世話になっているブルースカイズさん。エースの球数制限もあり平沼が初先発。先制するも直ぐに同点とされ、3回に3失点で1―4の嫌な展開。相手の流れに寄ったままチェンジとなり、ベンチ前ミーティングでは『流れが向こうに行ってるよ。取られたあとのこの回が大事。集中集中、流れ持って来るために先頭が出よう!』と、気持ちの入れ直しが効いたのか、先頭打者が出塁。相手のミスにも助けられて、3回を終わって4ー4の同点に。4回はお互いゼロ。5回表をゼロに抑えて、カバラ5回裏の攻撃。ポンポンと簡単にツーアウトもここから下位打線から爆発! リバーサイドグラウンドの人工芝で打球が間を抜けるランニングホームラン! 下位打線で2本!
普段あまり打たない選手が打つとベンチが異様に盛り上がり、しかも2本も出て勢い止まらず。最後はリードオフマン三木がレフト線へトドメのランニングホームラン! 1イニング3ランニングホームランで、11ー4の5回コールドゲーム。最高の勝ち方で決勝進出を決めました。
【決勝戦までの1カ月】
関東大会が8月7日、8日だったため、ベスト8の地点でまさかの抽選。カバラは抽選に外れ関東大会を逃しました。しかしその後、東京都以外の関東の県が、緊急事態宣言になり関東大会は中止になりました。
いっぽう、都知事杯の決勝は8月9日(月・祝)の予定でした。このまま勢いに乗ってとはならず天候不良で中止に…。翌週は東京都軟式野球連盟のお盆休み。22日(日)はグランドの都合がつかず、29日(日)も決勝を行わずに、駒沢での学童王座決定戦が先になってしまいました。
カバラは王座決定戦の出場権を獲得していましたが、都知事杯が終わっていないので、失点差による暫定1位でこの大会に挑みました。選手たちには『都知事杯の決勝前にこの王座決定戦で全日本出場チームを負かして暫定1位の力見せよう』と。決勝は不動パイレーツさんにコテンパンにやられましたが、全日本組を2回倒して堂々の準優勝でした。
そして9月12日(日)。2ヶ月に及んだこの大会の決勝戦を迎えました。相手は中野区代表の新山クラウンス野球倶楽部さん。
王座決定戦で試合を観戦させていただきました。右の強打者2名発見! レッドサンズさんから2人で3本のランニングホームラン! 右中間に打つのも上手い! しかもピッチャーの球速も110キロ越え!
前日の練習で速球対策と強打者2人への配球確認をしました。
8時55分試合開始。
一番注意していたトップバッターに、いきなりエース井手が打たれます。レフトオーバーランニングホームラン。
3回にも、もう一人の強打者3番にスリーベースを打たれ、犠牲フライで2点目を失い、嫌なムード…。
カバラは初回、2回と速球に苦しめられて、3回ツーアウトまでノーヒット。やっと9番バッターに初ヒットが出て何とか1点を返します。その次の回をしっかり抑えてやや流れはカバラ寄りになります。ヒット、犠牲フライなどで逆転に成功するも、直ぐに追い付かれる。それでも5回に1点勝ち越しました。
6回カバラの攻撃で再びチャンス、フォアボール、ヒット、盗塁でツーアウト2、3塁から2番飛騨のセンター前2点タイムリー!! 7回の新山さんの攻撃が1番からだったのでどうしても点数が欲しかった場面でした。点差が開いて迎えた最終回。1番くんと勝負、セカンドフライ! ワンアウト、ホッとするも2番にレフト前ヒット、3番くんは点差を考えて申告敬遠します。4番をライトライナーでツーアウト! そして最後の瞬間がやって来ました。高いバウンドのセカンドゴロ。二塁手が素早く捕ってファーストへ。
優勝です…。
【足立で負けたあの日から】
全日本の足立予選会で負けた日から、この都知事杯で必ず巻き返すことを誓いました。悔しさ悲しみをバネに厳しい練習にも耐え、自主練習も毎日繰り返し努力した結果が実を結んでくれました。
6年生13名、飛び抜けて野球が上手な選手はいません。身体の大きな選手もいません。
2012年の全日本学童に初出場したときのような「俺が、俺が」という選手もおりません。
元気良く声を出すチームでもありません。
ただみんな仲良しで、優しくてチームワークは最強だと思います。
【チーム一丸で最高の笑顔を】
カバラホークスを信じて、選手を送り出す親御さんはもしかしたら子供よりも、上部大会に行きたがっているかもしれません(笑)。
そう感じるのも、親御さんはしっかり役割分担が出来ているからです。選手の水筒をチェックする人、移動時にしっかり選手を誘導する人など皆さんチームのためにたくさん働いてくれます。
学童野球は選手、監督コーチ、親御さんが一つにまとまると必ず強くなると私は思います。
6年生にとって残りの大会も限られてきましたが、みんな最高の笑顔で終えられたら最高ですね!
第43回全国中学校軟式野球大会 運営からのレポート
この貴重な経験を中学部活発展のために
2021年の全中(全国中学校軟式野球大会) は中国ブロック (島根県 )代表の大田第二中学校の優勝、関東ブロック(東京都)代表の上一色中学校の準優勝で幕を閉じました。開催県の千葉県中体連で大会の運営にあたった、溝井隆之先生にレポートしていただきました。
8/21(土)から25(水)まで第43回全国中学校軟式野球大会(通称全中)が行われました。
私は、運営の一人として見えたことをここで発信させていただければと思います。
【8部門からなる運営方式】
まず通常の大会と違って、【総務部】【式典部】【競技運営部】【記録広報部】【会場施設・美化衛生部】【宿泊・輸送部】【感染症対策・救護・メディカルサポート部】【審判部】という各部門が密接に関わり合って大会運営がなされています。連絡手段はLINEのオープンチャットを使って、各部門からすみやかに連絡が流され、それに基づいて動いています。県役員の先生方を中心に、千葉県の教員が一丸となって大会を作り上げました。
【記録広報部の仕事】
私は記録広報部に所属していました。そこでの仕事は、会場責任者を中心に、公式記録(スコアブックの記入)、電光掲示板の操作、速報作成、ホームページの更新、試合写真のそれぞれの係が密接に関わって仕事をしていました。私は、主に球数カウントの仕事を行いました。1球1球スコアやBSO担当と確認しながら、ボタンを押しました。1球でもずれることは許されないので、神経をすり減らしながら仕事を行いました。大会を通じて、チームの所属感が強まっていき、この仕事に関われてよかった!と思うようになりました。
【私の気になったチーム】
私は、石川県小松市立板津中学校に魅力を感じました。まず全国大会に出場しながら、全校生徒約280名。そして学校紹介には、「下駄箱の靴を揃えたり、自転車を整然と並べたり、無言清掃や自主的な清掃活動に取り組んだりと、様々な良き文化が根付いています」と書いてありました。私はそれを見て、私たち公立の教育現場に勇気を与えてくれる内容だと感じました。そして試合前のシートノックは、「誰もが全力発声、全力疾走」に全国大会で野球ができる喜びを体現していました。1試合目の終了後、選手たちは自主的にミーティング。「あの場面は〇〇だった。」「明日の試合はもっと△△していこう!」という声が聞こえてきました。またこちらの存在に気づくと、立ち上がって「こんにちは!」と挨拶をしてくれました。思わずこちらも「明日もぜひ頑張ってください!」と声をかけました。全国大会だからこそ、能力に目が行きがちですが、日常生活を大切にしている生徒、先生方の思いがチームに表れているなと感じました。もちろん技術も高く、ファーストストライクを仕留める打者が多いこと、複数投手が活躍していること、そして外野手が見事なバックホームで補殺を2回も記録しました。とても印象に残っています。
【熱中症ゼロを生んだ給水タイム】
今大会は、2・4・6回終了後に給水タイムがとられました。選手はもちろん、審判の先生方もケガや病気もなく大会を終えることができました。審判の先生方も途中でプレーについての確認をすることで、落ち着いて臨めたという声が上がりました。選手たちには、少し勢いを止めてしまったこともあったかもしれませんが、それでも健康を第一に考えた運営だと思います。ぜひとも夏には、この方法が全国的に広まってほしいと思います。
【地元を大切にする】
私の担当は袖ケ浦球場でしたが、地元愛をすごく感じることができました。プロ野球の2軍の試合も行われるだけあって、グランド設備は充実!さらにアナウンス担当は、袖ケ浦高校の3名のマネージャー。安定感抜群の選手紹介、試合経過もさすがの一言! そしてお昼のお弁当は、としまやのチャーベン! 初日からテンションが上がりましたね。袖ケ浦の先生方からのお話もとても面白く、地元愛がひしひしと伝わってきました。
【全国大会を終えて】
憧れの全国大会を運営する側に回って、まずは千葉の先生方のチーム力を感じました。みんな根っから野球好きだからこそ湧いてくる、勝ち抜いてきたチームへのおもてなしの精神。コロナを言い訳にせず、ベストコンディションで戦えるように各所で動き回る役員の先生方の姿が何よりの誇りです。この経験を糧に、さらに中学校の部活動の野球が発展するように尽力していきたいと思います。
流山市立南流山中学校 溝井 隆之 (文・写真とも)
第72回 多摩地区中学校野球大会
無事にやりとげた3年生最後の大会
※ 東京多摩地区(23区と島嶼部を除く全域)約200校の頂点をめざす「多摩大会」。コロナ対策を入念にして2年ぶりの開催を成功させた、大会委員長・田代先生に講評を頂戴しました
第72回多摩地区中学校野球大会が開催され、無事に無事故で4日間の熱戦を終えることができました。
新型コロナウィルス感染拡大により昨年度の大会は中止になってしまいましたが、70年以上続いた大会を今年こそ開催したいとの一念で、準備をすすめてまいりました。
多摩地区中学校野球部連絡協議会(多摩地区中体連野球部)の委員をはじめ、多摩地区の野球部にかかわる教員、大会を支えていただいてきた大会役員OBの皆様、後押ししてくださった校長先生、副校長先生、教育委員会の皆様。予選を通じて野球部の生徒たちを支え、大会にも御理解をいただいた保護者のみなさま、応援してくださった地域の皆様、なによりこの熱戦を戦ってくれた選手、皆さんの気持ちが一つになり素晴らしい大会になったことを本当にうれしく思います。
今大会は、感染予防対策により、メンバー全員で戦えなかったチームがありました(大会の参加はベンチ入りのメンバーと3年生のみ)。自分のチームの応援を、会場でできなかった保護者がいらっしゃいました(会場での応援は3年生の保護者のみ)。わざわざ審判だけに来ていただいたスタッフの先生にも昼食を用意できなかった(マスクを外す機会をへらすため)など、いままでの野球の大会にはない様々な制約の中で行われました。大会参加校も32校(普段の多摩大会は60校程度)に絞った開催でしたが、精鋭チームが集まり、接戦に次ぐ接戦が多かったのも今年の大会の特徴でした。
優勝した国分寺二中は大会を通じて逆転劇を何度も演出し、由井中との試合は5点差を、準決勝の大坂上中との試合は3点差を7回に追いついて特別延長戦で5点をひっくり返すなど、チームの勢いと最後まであきらめない全員野球を感じました。準優勝の東村山七中は最後まで「やるべきことをやる」んだと、選手が自ら練習してきたことを信じて逆転劇を繰り返し、堅いチームワークと粘り強さを感じるチームでした。
第三位の大坂上中学校はチーム全員でチームの約束を守って戦い、野球の切り口の多さと、選手一人ひとりの個性を存分に発揮するためにはどうしたらいいか、みんなで考えながら試合を行っている姿に強さを感じました。瑞穂中学校は自校が所属する8ブロック主催の今大会で、負けていった仲間のチームのためにも全力で優勝旗を取りに行く3年生の強い気迫を感じました。試合終了後、今度はスタッフとして閉会式の準備で、優勝旗を見ながらの悔しそうな顧問の表情も印象的でした。
この大会の決勝戦の翌日に、最終日に残ったチーム同士で新チームの練習試合を行った学校もあるようです。顧問、選手、保護者のこんな熱い思いがあるチームがあるうちは、多摩地区の野球もまだまだ大丈夫かな、と思う今日この頃です。
最後に、大会の開催に理解を示していただいた教育委員会の皆様、大会参加の許可をいただいた校長先生、そして歴史にも残るこの大会の中心となり、開催を支えてくれた8ブロックの中体連野球部の皆様に深い感謝の気持ちを示し、また来年度に元気にみなさんにお会いできるよう祈念し、講評といたします。
(文責/田代 京平先生 大会委員長=青梅市立第三中学校)
《大会特別賞》
堀江杯/日野市立大坂上中学校
後藤杯/東村山市立東村山第七中学校
能村杯/国分寺市立第二中学校
小河賞/今井颯太郎(国分寺市立第二中学校)
優勝・国分寺第二中学校 八木義人監督のメッセージ
「あきらめない」選手たちの力を
信じることの大切さ
どの学校も同じだと思いますが、国分寺市もコロナ禍の制限で、選手権大会の2週間前から練習可能になりました。しかも16時45分最終下校という状況で、例年通りの準備ができないまま、選手権大会に臨むことになりました。自分たちの野球ができないまま、敗戦。選手権都大会を目指してきた選手たちだっただけに、悔しい思いをしたと思います。
しかし、私よりも選手たちのほうが気持ちの切り替えが早く、次の多摩大会に向けての準備を始めていました。多摩大会で頂点に立つ。そんな強い思いを感じました。このころから、平日の練習時間も延長され、練習の質が高まると同時に、大会に向けての気持ちも高まってきました。
今大会は、全て逆転の試合展開でした。
いくら、点数が離れても、「大丈夫、なんとかできる。なんとかする」という雰囲気でした。普通なら諦めてしまうような点差をつけられているのに……。
毎試合、技術を超える何かがあったような気がします。
多摩大会は監督の采配は全く関係ありませんでした。選手自身が選手権の悔しさを多摩大会にぶつけ、最後まで諦めることなく戦い抜いた結果の優勝です。
改めて、子どもたちの力を信じることの大切さを学ばされた大会でした。
2021都大会好チーム紹介①
渋谷区立笹塚・代々木・渋谷本町合同チーム
抜群の一体感で3回戦進出を果たしました。1,2回戦は初回に相手のミスをしっかり点に結びつけ、優位に試合を進めて勝利を勝ち取りました。思い切りのよいスイングで長打あり、送りバントやスクイズなど点をとるための緻密なサインプレーありと、様々な角度から鍛え上げられたチームです。守備面でも、ミスをカバーすることまで想定したボール回しなど、細部にまでこだわった練習をしています。
3校の合同チームですが、平日も渋谷本町中学校の第二グランドに3校の選手が集まり練習をしています。代々木中学校の鶴田先生が監督として指導の中心にいます。細やかな技術指導と選手を鼓舞する熱い心の指導に、笹塚、渋谷本町の先生方も素晴らしいサポートがあり、選手だけでなく指導陣のチームワークも抜群です。保護者の方々もチームをしっかり支えており、その大人のチームワークの良さが選手たちにも伝わっているように感じます。ユニフォームも合同チームとして1つのデザインのものを全員が着ており、これも保護者の皆様の理解が伝わってくるところです。
投手は右のオーバースロー、右のスリクォーター、左のサイドスローと個性豊かな布陣で、どの投手もキレの良いストレートと変化球のコンビネーションで、渋谷の都会で育ったスマートさを感じました。
2ブロックから近年高い確率で都大会に進出してくる笹塚・代々木・渋谷本町の合同チーム。人数不足などに悩む中学校野球部が多い中、新たな部活動のあり方も学ぶことができる好チームです。
(文・写真/練馬区立開進第二中学校 一ノ瀬純)
2021都大会好チーム紹介②
八王子市立長房中学校
東京の中学校野球でこれまで実績を挙げてきた名指導者がタッグを組んで、中学生らしい明るく、元気な、見ていて清々しいチームをつくっています。
監督は若い桶田先生。それを歳上の川久保先生が支えています。桶田先生の元気の良い声が試合中もグランドに響きわたり、選手達もその声に励まされ、笑顔を見せながら都大会の大舞台で精一杯力を発揮していました。
体の大きさに関わらず、思いきりのよいスイングで野球の楽しさを体全体で表現していたのが印象的。しかし、バントなどの小技もしっかり練習をしていることが伝わってくる作戦も用いており、参加校数の多い八王子市の厳しいトーナメントを勝ち抜いてきたことが納得できるチームでした。
2回戦では、秋季大会で駿台学園と双璧の強豪、上一色中学校をあと一歩のところまで追い詰めた東陽中学校を相手に、11対12、猛暑の中、試合時間も3時間に迫る壮絶な試合を繰り広げ、惜しくも敗れました。公立中学校の野球部らしい、一生懸命さの伝わる素晴らしいチームです。この都大会での経験を糧に、さらにレベルアップした地域の宝になる魅力的な野球部をつくってくれると思います。
(文・写真/練馬区立開進第二中学校 一ノ瀬純)
2021都大会好チーム紹介③
西東京市立ひばりヶ丘中学校
1回戦を5対0の完封勝ちで2回戦に進んだひばりヶ丘中学校。就任6年目の伊藤先生は、練馬区立開進第二中学校で都大会に進む好チームを育てた指導力のある先生です。
試合前のシートノックから選手の動きは抜群。足がよく動いており、グラブの出し方がどの選手もしなやか。一朝一夕では身に付かない、地道に鍛えてきたことが伺える素晴らしい動きでした。伊藤先生のノックも選手が試合前にしっかり足を動かして捕ることができるように、計算された打球を気持ちよいテンポで打ち続け、観ている方を魅了する確かな技術でした。
試合はお互い得点できないまま終盤へ。時間はちょうど昼になり、太陽の位置が高くなったことからフライが見づらい状況に。不運な内野フライなどで失点し、残念ながら0対2で敗退しました。最終回の攻撃前には、円陣で伊藤先生の「あきらめたら終わりだ」という熱い言葉がかけられ、最後まで全力で試合を全うしました。
確かな技術と、地道な練習を継続できる力をひばりヶ丘中学校野球部で身に付けた選手達。間違いなく高校やその上のステージでも活躍できる、野球人として、人間としての基礎を育むことができたはずです。彼らの今後の活躍に期待します。
(文・写真/練馬区立開進第二中学校 一ノ瀬純)
内藤相陽、悲願の日本一へ
投手に気合を注入する大沢時代の内藤監督
相陽に移っても、すぐに選手の心を掴んだ
6月26日、全日本少年軟式野球大会の神奈川県代表決定戦で、相模原市立相陽(そうよう)中学校が勝って初の全国大会への進出を決めました。
相陽中監督の内藤博洋(こうよう)先生は、前任の大沢中で2014年に全国中学校野球大会(全中)に出場し、ベスト8の成績を挙げました。このとき内藤先生は開会前の監督会議で全出場チームを前に「優勝するために来ました」と宣言していたということ。あくまで全国出場は通過点なのです。全中出場にいたるまでの道のりも険しいものでした。前年の神奈川県大会では勝てば関東大会出場が決まる準決勝、最終回2死から逆転負け。翌春は県優勝で臨んだ決定戦で横須賀ファイターズに敗れるなど、実に多くのカベに阻まれ、試練を経験してきました。
相陽中に移ってからも、県大会ベスト4に終わることが続いていました。昨年はコロナ渦のために大会そのものが中止。何度も苦境を乗り越えてきたのは監督だけではありません。選手たちもその思いを胸に、悔しい思いをした兄貴たちの無念を晴らすべく、頑張ってきたのです。
「今の選手たちは、4年前の弟たちでリベンジをしてくれたのです。今のコーチはあのとき負けた悔しさを晴らすべく、『コーチにしてください』と弟子入りしてきました」(内藤監督)
巨人・菅野智之投手の中学時代を指導したことでも有名な内藤監督ですが、それだけではありません。熱い野球への思い、厚い選手・保護者からの信頼感、そして尽きぬ頂点への思いは、内藤野球を愛する多くの人たちの心を揺さぶり続けています。
2021年、横浜の夏空のもと、悲願を果たしてほしいと思います。
甲子園球児の学童時代
石田 隼都 投手(東海大相模)
石田 隼都( いした はやと)は栃木県出身で、軟式の真岡(もおか)クラブで2015年の全日本学童マクドナルド・トーナメントに出場しました。
6年時のサイズは、169㎝ 48㎏。県決勝で最速118kmを記録していました。以下、当時の石田投手の話を再現します。
「今日は(1回戦。0-6敗戦)立ち上がりはいいピッチングでしたが、打たせればいいものを力が入ってボールになってしまい、ワイルドピッチとかエラーで…負けたのは、自分のせいです。
全国が決まってから、走りこみ、シャドウに取り組んできました。疲れてくるとヒジが下がったり、足を踏み込めなくなるのが悪いクセです。
投手として気をつけているのは、左利きなので重い荷物は右手でもつこと。寝る前に両方の手で握力計を握って握力を測っています。球速も速くなったと思います。
7回まで完投しましたが、まだ投げられると思いました。あこがれは、ヤクルトの石川投手です。
今日は三振が多かったんですが、本来はコースに投げたり、打たせて取る省エネピッチング。最後にようやく守りのリズムが出てきたので、 仲間を信じて投げ勝ちたかったです」
第12回
V9黒江透修 中学校野球大会
ナインカップ開催
優勝:足立九中
足立九中の下村監督と黒江さん
準優勝:牛込ベースボールクラブ
第3位:町田南中
「野球を愛する中学生に、より多くの公式戦の機会と活躍の場を与えること」を目的とする趣旨のもと、「第12回 V9黒江透修 中学校野球大 会 ナインカップ」が11月28、29日におこなわれました。
今大会はコロナ対応のため、板橋区の学校が大会参加できなくなりました。そのため、板橋区を除いたチームを3つのリーグに分けて予選をおこない、勝ち上がった3チームによる決勝リーグをおこないました。
■大会結果
優勝/足立第九中学校
準優勝/牛込ベースボールクラブ
第3位/町田南中学校
足立第九中学校は圧倒的な力で大会を初制覇しました。赴任から2年目の下村先生が名門野球部の伝統を引き継ぎ、攻守ともに力強いチームを作っています。
準優勝の牛込ベースボールクラブは、近年力を付けてきた、新宿区をベースに活動しているチームです。予選は秋季東京都中学校野球大会でベスト8の成績を収めた練馬中学校に接戦で勝利し、勢いに乗りました。
第3位の町田市立南中学校は、若い山本先生が率い、着実に力を付けています。バッティングに力を入れており、3ボールからでも積極的にスイングしていく姿勢、野球が大好きになるチームカラーで3位に上り詰めました。
優勝の足立九中には、協賛の富士見スポーツより優勝カップが贈られました。同じく協賛の総合エレベーターから大会に贈呈された優勝旗と、栃泉自動車から大会に贈呈された優勝カップが渡されました。
練馬区スポーツ推進委員、三戸英一氏からは、決勝リーグ進出の3チームに豪華なお菓子詰め合わせと賞状が送られました。
そして、巨人軍V9戦士である黒江氏からは、入賞の3チームに直筆のサイン色紙が贈呈されました。
全参加校から1人ずつ、優秀選手賞として大会本部から賞状、リーグ戦参加校にはそれに加えて独立リーグ 信濃グランセローズのネックウォーマーが送られました。優勝した足立第九中学校からは最優秀選手賞が選出され、同様に賞状とネックウォーマーが贈られました。
今回はコロナ禍による突然の予定変更などがありましたが、無事に大会を終えることができました。板橋区のチームには無念の開催方法となりましたが、その中でも個人賞の受け渡しなどで協力をいただき、会場校の先生方にも連絡調整、当日の準備と、さまざまな関係者の協力によって大会を成功させることが出来ました。決勝リーグは貸し会場として、井草中学校にご協力いただきました。
このように、多くの関係者に支えられて、ナインカップは第12回大会を終えました。
最後に、大会実行委員会の一ノ瀬純先生(上板橋第一中学校)からのメッセージを(少し長くなりましたが)掲載します。(下の写真で、背番号5・黒江さんの横にいる人が一ノ瀬先生)
この大会は冒頭にもありますが、「野球を愛する中学生に、より多くの公式戦の機会と活躍の場を与えること」を目的として始めました 。私が練馬区立八坂中学校野球部顧問時代に大変お世話になった、北区の広和スポーツ、佐々木様のご協力で、優勝トロフィーを提供していただくことから始まり、会場提供を快く引き受けてくださった開進第四中学校の阿久津先生、練馬中学校の山田先生のご協力で大会を開催することができました。
当時の八坂中学校は多くの大会に出場させていただく機会があったものの、トーナメント方式の大会ではレギュラーの選手中心の選手起用をせざるを得ませんでした。しかし、控え選手達の日頃の練習に取り組む姿勢、大会でベンチから心のこもった応援をする姿を見て、この選手たちがもっと生き生きする場面を作ってあげたいという思いが大きくなっていきました。そしてレギュラーの選手たちにも、サポートに回ったり、人を応援する機会を設けることが、人間的な成長にもつながると考えていました。そこでリーグ戦で1日2試合、多くの選手が試合に出られる大会を自分で作ることにしたのです。
ナインカップの存在は選手たちに想像以上の刺激を与えてくれました。まず選手たちには、「この大会は全員をスタメンで出場させることはどうかなと考えている。そのかわり、優勝はできないかもしれない。みんなの気持ちはどうかな?」という私の問いかけに、選手たちは「全員で出たいです!」と即答。チームを2つに分け、1ヶ月ほど前から練習試合もこのチームで試合をするようにしました。年によって違いましたが、1年チームと2年チームに分けて1日1試合ずつ行うこともありました。優勝できないことも、1年チームが負けてしまうこともありました。しかし、レギュラーと控えの垣根をなくし、同級生との横の絆を深め、下級生や控え部員のやる気を上げて、チームの底上げにつながるなど、この大会への参加方法はプラスの効果ばかりをチームにもらたしました。
そして、この大会から大きなステージに活躍の場を移している選手たちもいます。
第1・2回大会に出場した、練馬区立八坂中学校卒業生 佐渡俊太選手(日大三高-明星大-信濃グランセローズ)は独立リーグ 信濃グランセローズのエースとしてNPBを目指しています。そしてチームのネックウォーマーを選手に贈呈するために協力をしてくれています。同じく八坂中学校卒業生の住田尚都選手(練馬高-東京YMCA-ジャイアンツアカデミーコーチ)は、現在読売巨人軍で、ジャイアンツアカデミーのコーチとして、子どもたち野球の楽しさを伝えています。
第1回大会に出場した開進第四中学校の綿引啓太選手(成立学園高-立正大-啓新高コーチ)は、投手として成立学園高校を甲子園に導き、立正大学ではコーチとして明治神宮大会優勝、福井県の啓新高校ではコーチとして甲子園出場と、後輩達の目標となる活躍をしてくれています。
紹介した3人は、プレイヤーとしてだけでなく、後輩、子どもたちに夢を与える活動をしてくれていることが素晴らしいところです。
今後も、多くの皆様と、野球を愛する中学生に一生の宝となる時間を提供できるように協力していきたいと思っています。
三根ボーイズ(佐賀)念願の2020初優勝
佐賀県みやき町の「三根ボーイズ野球クラブ」。個人的なお付き合いを10年以上続けていますが、今年はとうとう訪れることができませんでした(コロナ感染予防のための移動・取材規制により)。しかし、永田総監督より、近況のメールをもらいました。
「先日、今シーズン初の優勝旗を手にしました。宮地監督もやっと肩の荷が下りたでしょう」
佐賀県では5月中旬から学校が始まり、「野球も練習のみできるようになりました。ただいつから試合ができるかはわからない状態のため公式戦がどうなるかもわからない状態です!
佐賀はマックに代わる大会を県独自で開催しようかという話が出てますが…どうなることやら ?
連絡のあった他県の監督に交流大会がある際は参加案内をもらえるようにお願いして、6年生に1つでも多くのチャンスを与えたいと考えているところです」と話していた永田総監督。
時間はかかりましたが、ようやく初タイトルを獲得し、6年生にも思い出ができたことでしょう。
タイトルをつかんだのは、福岡の志免ブラザーズ40周年記念大会。その前の大会では惜しくも準優勝でしたが、だからこそひとしおの喜びだったことでしょう。
白老出身の若林楽人、プロへ!
プロ野球ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから指名された、若林楽人(駒澤大)。駒沢大学苫小牧高校から東都大学野球の名門に進み、念願のプロ野球選手になるという夢をかなえました。
若林選手は北海道の白老町出身。彼と最初に出会ったのは、小学6年の夏。緑丘ファイターズのエースとして、全国大会に出場して第3位の成績をおさめました。当時、監督の工藤昭さんは「本来は若林がキャプテンだが、四番・投手とともに3つの仕事を背負わせることはしない。ピッチングに専念できませんから」と言っていました。
月日が流れて3年後、今度は白老中の選手として、中学の全国大会に出場した若林。しかし、このときは投手をキャプテンの折霜孝紀選手に任せて、主軸打者としての仕事に専念していました。聞けば、全道大会を前にヒジを壊してしまったとのこと。「ピッチャーとしては全国をあきらめました」と、このとき初めて若林君と話を交わしました。
「高校では、ピッチャーだったら、抑える投手ではなく、勝てる投手になること。バッターとしては、練習中の後姿を後輩に見せられるようになりたい。甲子園に行きたいです」
駒大苫小牧では1年からレギュラーを張りましたが、甲子園はかなわず。でも、東京の駒澤大に進んでプロの夢をかなえました。
白老中の恩師、太田秀蔵先生は「若林やってくれました。駒苫進学が人生の分岐点でした」と喜びました。白老の実家に帰ってきたら、中学時代の仲間と集まりたいと言っていたそうです。
○三根ボーイズ(佐賀)総監督・永田文隆さんの話
「若林君をヤフー検索し動画を見ました!
ライオンズLOVEの永田家は今後の若林君の活躍に期待してますよ」
球児たちの「終われない夏」
【その1=神奈川県川崎市:中学野球】
今年はコロナ渦で全国の野球をはじめとするスポーツに関わる状況が大いに変わらざるを得ませんでした。全国を頂点とする夏の大会は相次いで中止になり、せめて最終学年(中3・高3、もちろん小6も)の選手のためにと、開催時期を8月以降に遅らせて、全国にはつながらないけど、市・地区レベルの大会が各地でおこなわれました。高校野球は県のナンバーワンを決める大会も開催されたようです。
中学野球も例外ではありませんでした。
しかし、神奈川県の川崎市では、3年生最後の大会として9月から10月にかけて、市の総合体育大会が毎年おこなわれています。今年も例年どおり、野球は各区の大会を勝ち抜いた代表同士が10月3、4日に決勝トーナメントがおこなわれます。多摩区代表の枡形中学校は、3年前の夏には左腕の高良健吾投手(日本大学高校へ進学、3年)を擁して、川崎市ベスト8まで勝ち進みました。今年は弟の高良元輝がエース右腕として兄を超えようと、春・夏の県大会を目指していましたが、それはかなわず。最後の川崎市総合体育大会は、優勝してもその上(県大会)がないのですが、それでも中学の球児たちは川崎市ナンバーワンを目指しているのです。
過去、全国優勝校(西中原中)、全国8強(南生田中)、全国準優勝校(富士見中)と強豪ひしめく川崎市総合体育大会。中学球児のプライドのぶつかり合いに注目したいと思います。
弟・元輝は本格派右腕
キャプテンとしてもチームの柱だ
兄は個性派俳優と同姓同名
【その2=東京都日野市・中学野球】
この夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)が中止となって、各都道府県で「3年生最後の公式戦」として大会がおこなわれましたが、福島県の強豪・聖高学院高校、夏の県大会14連覇に貢献したエースの舘池亮佑選手は、東京の日野市立大坂上(おおさかうえ)中学校野球部の出身です(同期の女子サウスポー・北澤神楽選手=埼玉栄高校=も大坂上中出身)。中学軟式野球から高校で大きく羽ばたいた選手の一人でした。
母校の大坂上中学校は激戦区の東京都大会出場の常連校(2016年は都準優勝で関東大会出場)。沓掛太郎監督は野球への情熱を選手の育成にそそいで、聖光学院をはじめとする強豪高校指導者との交流にも積極的です。大坂上中が強くなったのも、選手が自ら考え、自らで動くように育ててきたからだと思います。
この2020年の夏は、中学野球も都大会が中止となり、3年生最後の大きな大会「多摩大会」も中止となりましたが、代替大会の「多摩の風 中学野球大会」(トピックスで既報)で優勝しました。
エース・舘池一煌選手は、舘池亮佑の弟。兄と入れ違いに大坂上中に入学して、3年の締めくくりを優勝で飾りました。これからもまた兄の背中を追いかけるのでしょうか。いずれにしろ、中学球児たちの夢は次なる高校野球へとつながっていくことでしょう。
二人の恩師、沓掛先生のコメントを紹介します。
「兄は、良い意味で欲がなく、土壇場に強い、ピンチに動じない投手でした。その心の強さから、聖光学院に飛び込み、さらに心鍛え、東北大会優勝まで駆け上がったのだと思います。
弟は、真面目で愚直な心を持ち、ストイックに文武両道を貫いて努力しています。兄への尊敬心もある一方、ライバル心を燃やし、兄を超えることを心に誓っています。
2人の兄弟は、全く違う心の持ち主ですが、愚直なまでに野球を練習し努力できるのは唯一の共通点かもしれません」
沓掛監督を囲んで、舘池兄弟
弟・一煌は2020年多摩の風大会優勝
兄・亮佑は2017年多摩大会優勝
さらに多摩大会最優秀選手に選ばれた
たった1チーム 涙の開会式
新潟市で初めて開催されるはずだった「高円宮賜杯 全日本学童軟式野球大会(マクドナルド・トーナメント)」。メイン会場のHARD-OFF ECO スタジアム新潟にて、ただ1チームだけの開会式がおこなわれました。唯一出場の決まっていた、前回大会優勝ワクの「多賀少年野球クラブ」(滋賀県)です。辻正人監督は「新潟県の人の温かさを感じました。凄いstaffの数で、迎えられました。感謝しかありませんでした。何度も涙が出できました」と語っていました。選手たち、チームスタッフたちも、ただ涙涙…だっだといいます。少しでも早く日常が戻ることを祈るばかりです。
副主将の挨拶
「今日、僕はここ新潟県に来る事が出来てとても幸せです。
チームの仲間も、この日が来るのをとても楽しみにしていました。
僕たちは、全国制覇を成し遂げられた先輩を目標にし、少しでも近づけるよう練習してきました。
そして今まで支えてくれた両親の為にも、笑顔で全国大会を戦おうと決めていました。
しかし4月15日、大会が中止になったことを母から聞き、その夜は家族で泣きました。
そして今、僕たちは全国大会が開催される予定だったハード.オフ.エコスタジアム新潟に居ます。家族に笑顔で野球をする姿を見せることができます。
そんな機会を与えてくださった新潟県野球連盟のみな様に、心から感謝をし、短い夏休み1番の思い出を作れるよう、今日は思い切り楽しみたいと思います。
本当に有り難うございました」
多賀少年野球クラブ 甲斐和也
多摩の風
中学校野球大会レポート
「多摩の風中学校野球大会」が8月8日から2日間の日程で日野市中学校を会場に行われました。多摩の風大会は、新型コロナウイルス感染症による多摩地区中学校野球大会の中止を承けて、多摩地区中学校野球大会委員長、田代京平先生の「3年生に引退の場を!」との言葉のもとに、日野・多摩・稲城の3市の先生方とで実現させました。
出場校は、推薦出場の日野第一中学校(都秋季大会3位)を含む6つのブロックの代表7校で優勝を争いました。
決勝戦は、地区予選から勝ち上がってきた、エース舘池を擁する大坂上中と、都ベスト4の日野一中の日野市対決となりました。
試合は、今大会、打撃好調の主将、関を中心とした大坂上打線が9安打を放ち、7-2で大坂上中が勝利し大会を終えました。
優勝/日野市立大坂上中学校
準優勝/日野市立日野第一中学校
第三位/小金井市立小金井第一中学校、府中市立府中第一中学校
最優秀選手賞/関康太朗
大坂上中主将 関康太朗のコメント
「自分達は、休校期間中も意識をもってトレーニングをやってきました。ミーティングを重ね、周りの方々に喜んでいただくためにこの大会をやり抜くことを確認して臨みました。優勝できてよかったです。この大会を実現していただいた皆さんに本当に感謝しています。」
※ 大坂上中のエース 舘池一煌は、福島県高校野球夏大会14連覇を果たした聖光学院のエース舘池亮佑の弟。兄の亮佑(下記3枚目写真の真ん中の選手)は、2017年の多摩地区中学校野球大会で最優秀選手賞に選ばれている。
STAY HOME 野球部
(選手たちの活動レポート)
約3か月に及んだ新型コロナ感染拡大予防による休校期間、オンラインを駆使して選手たちが自主的に野球部活動に取り組んだチームもありました。芝浦工業大学柏中学校(千葉)の軟式野球部の取り組みを、選手自身の言葉でレポートしてもらいます。
僕たち芝浦工業大学柏中学校の軟式野球部では、「選手が主体的に考え、行動する」という方針のもと、活動をしています。しかし、3月から新型コロナウイルスの影響で登校自粛となり、部活動ができなくなってしまいました。
そんな中、自分たちに今何ができるかということを考えた時に、僕たちは、自分たちで内容や開催日時などを考え、オンラインでミーティングを実施しました。
具体的には、選手がそれぞれのプレーで意識していることなどを共有し合う技術講座や、サインプレーの確認・野球のルールに関するクイズ・筋トレ・素振りのアドバイスをし合うなど、様々な内容を工夫して行いました。
これは、普段から主体的に行動するということを心がけていたからこそ出来たことだと思います。
僕たちのチームの目標は、柏市総体で優勝をすることでしたが、その大会は新型コロナウイルスの影響で中止となってしまいました。しかし、優勝することは目標であって、野球をする目的ではありません。目標としていた柏市総体がなくなってしまっても、自分達の将来につなげるという僕たちの目的を達成できるように、これからも主体的に行動をし続けたいと考えています。
最後に、これからも主体的に気づき、考え、行動することを心がけ、芝柏(シバカシ)野球部は活動し続けて行きますので、応援をよろしくお願いします。
芝浦工業大学柏中学校野球部主務/近江 郁哉(おうみ いくや)
芝浦工業大学柏中学校野球部
白坂 琢先生の言葉
近江くんは、中学から野球を始めた選手です。もちろん現役のプレーヤーで、試合にも先発で出場してきましたので、所謂大学野球の主務とは違います。キャプテンは別の選手が担ってくれていますが、キャプテンとは異なる視点でチームを支えてくれています。集団を善くするアイデアが豊富に湧き出してくるようで、生徒会役員としても活躍していますし、中学から野球を始めたからか、野球界の常識にとらわれない発想はなかなか刺激的です。私としては、集団づくりのマネジメントを一緒に学んでいる感じです。
2014全日本学童プレーバック
【特別企画:大会編】全国大会がことごとく中止になってしまいましたが、各都道府県では「6年生(あるいは中学3年生)のために」と救済の意味をこめて、代替大会を秋から冬にかけてでも企画する動きが活発になっています。もちろん、最後までやり遂げるには、さまざまな課題や困難も待ち構えているでしょうが、無事に開催を終えられるよう祈ります。
過去を振り返るだけでは前に進むことはできませんが、あのときの感動・興奮を少しでも取り返せることを願いつつ、今回は6年前のマクドナルド・全日本学童大会を振り返りたいと思います。
準決勝2試合と決勝をおこなう大田スタジアム。決勝戦は長い雨による中断に見舞われた
2014年の全日本学童軟式野球大会(マクドナルド・トーナメント)は僕が初めて全日程を通して取材に関われた大会でした。会場が分かれているため、各地に記者を振り分ける取材形式。かならずしも同じチームをずっと追いかけられるわけではないのですが、この大会は幸運にも1回戦から決勝戦まで、石川県代表の「根上(ねあがり)学童野球クラブ」を通して取材することができました。エースの寺西成騎君は6年生にして170cmの長身に恵まれて、その後地元の根上中でも成長を重ね、現在は星稜高校のエースとしてプロからも注目されています。
僕が個人的に注目するチームはなぜか、優勝までたどり着けないというジンクスは、2010年準優勝の「宮ノ陣フラワーズ」(福岡)以来身にしみついているようで、根上もその例にもれず銀メダルに終わりました。
(写真)左上が第3位・習志野台ワンパクズ(千葉)、右上が根上学童野球クラブ(石川)、左下が第3位・六会(むつあい)レッズ(神奈川)、右下は優勝の和気軟式野球クラブ(愛媛)
ベスト4以外のチームからも好選手は満載。野球を始めてわずか3年で四番に登り詰めた前田透和選手(守山ボーイズ)。135cm・30kgという小兵ながらも存在感を見せた福地祐人選手(晴田少年野球クラブ)。山形の鈴川野球クラブから、好中堅手・中村海翔選手、投手の鏡太陽選手のコンビ。三塁コーチのスペシャリスト・松坂廣美選手(深川ジャイアンツ)。驚異的な粘りでサヨナラ劇を演出した車尾スポーツ少年団(鳥取)。下級生からの信頼も厚い強くて優しい寺西成騎選手(根上学童野球クラブ)。女子の内野手・沼田奈瑠美選手(滑川東部スポーツ少年団)。そして、今大会で小学生と思えぬ分析力と名調子のコメントで記者を楽しませてくれた劒持恭太郎選手(六会レッズ)
前田透和(守山ボーイズ)
福地祐人(晴田少年野球クラブ)
中村海翔、鏡太陽(鈴川野球クラブ)
松坂廣美(深川ジャイアンツ)
車尾スポーツ少年団(鳥取)
寺西成騎(根上学童野球クラブ)
沼田奈瑠美(滑川東部スポーツ少年団)
劒持恭太郎(六会レッズ)
おーい! 球童くん、球児くん
【特別企画:2014年編】過去に取材していまも印象に強く残っている学童・中学軟式野球選手。いまも元気ですか? 野球が自由にできないつらさも味わう生活を送っていると思いますが、近況をお知らせいただければうれしいです(関係者の人でも)。全国の現役学童・中学選手への励みになればと思います。
水野谷孝一郎(ケープシニア)
橋本脩生(小作台少年野球クラブ)
崎山悠吾(入間野田中)
小林晃太・奥田和歌(枚方ビクトリー)
川崎泰輝(大沢中)
釘宮陸(洞北中)
河原田賢(幡羅中)
幡羅中(田仲・泉名・大原)
細田悠貴(五井中)
寺本光汰(帯広南町中)
剣少年野球クラブ(菅井元・伊吹聖矢)
島谷陸・太地・留維(ペガサスボーイズ)
相次ぐ全国大会中止発表を乗り越えるために
ご存じのように、全日本学童・全日本少年・全日本中学女子の軟式野球大会の中止が相次いで発表されるというショッキングなニュースが流れました。夏の甲子園開催も微妙だと思いますが、全国大会という目標をうしなう全国の球児達の無念ぶりは想像を超えるものでしょう。
しかし、全国大会だけが野球をやる目的でしょうか。全日本学童2年連続日本一の「多賀少年野球クラブ」(滋賀)の辻正人監督は自身のFacebookでこう述べています。
「私は(多賀は)、全国大会の為に野球をやっていません。大会中止よりも、いま子ども達と、その父母、スタッフの皆と会えない自粛が、一番苦しいのです。
『がんばろう‼️ 日本の野球少年少女たち』」
辻さんは、言いました。「近藤さん。全国大会なんて、学校でいえば遠足です。いつも通える学校で授業がない事のほうが、遠足が無くなったより、辛いに決まっています」
多賀では毎年、多くのチームを招いて「多賀グリーンカップ」を主催していますが、今年は「最初で最後の」(辻監督)多賀だけのグリーンカップ(自チームの紅白戦)を実施し、開会式から表彰まで盛大におこなった。子供達の笑顔がまぶしかった。このグリーンカップを最後に、多賀は本格的な自粛期間に入った。もちろん、必ずまた皆で会えると信じて。
全国大会がおこなわれないなら、各地区の大会もおこなわなくて良いのでしょうか? 良いわけがありません。こういうときこそ、子供達の成長のために、育成のために、大人がアイデアを出し合っていくべきだと思うのです。
コロナ休校に負けるもんか!
球児たちの野球を止めるな
部活は一同に集まれないので、パソコンのWebカメラを使って生徒たちの自宅にライブ配信。
岩舩先生が体育館でカメラの向こうの生徒たちに声をかけながら体幹トレーニングをおこなう
*
「新型コロナ」感染拡大予防のための休校措置が日本全国に及んでいるなか、「子どもたちの野球への熱意を止めるな!」と奮闘している各地の様子をレポートします。
【新潟県上越市・発】休校要請が約1ヶ月間の長きに及ぶことで、学校現場で何より懸念されたのが授業の遅れでしょう。宿題や自主学習で補うといっても、学校に行けないとなれば、自宅で一人やらなければいけません。思うように集中できないのは大人でも同じように難しいことです。
そのなかで、新潟県の国立上越教育大学附属中学校が、最先端の情報技術を活用した遠隔授業を行ったというニュースは、すでに皆さんもご存じのことかもしれません。同校では4年前の2016年から、生徒たちは一人一台のiPad(タブレット端末)を利用して、ITテクノロジーを生かした学習を実践しています。現在、このような非常事態になっても問題なく対応できたのだと思います。
同中学校の野球部でも最先端テクノロジーを積極的に活用しています。野球部顧問の岩舩尚貴(いわふね なおき)先生。前任校の春日中では全国大会出場を目指して、朝練・昼練・夜練に加えて、休日は県外遠征も行っていたほどの熱血指導者でしたが(6年間で県大会出場8回。うちベスト4が2回、ベスト8が2回、ベスト16が4回)、今は時代も変わってしまい、部活に多くの時間を割くこともできません。
上越教育大附属中の生徒は受験を経て、入学してきます。もともと学習意欲と学力が高いうえに、自分で考える力も高いので、野球部を指導するにあたって岩舩先生は「対話とチーム内の議論をたくさんやって、練習や試合の価値を何倍にも高めようよ」と選手たちに伝えたようです。
もちろん、野球部でも一人一台のiPadを存分に活用しています。
「従来の野球ノートは廃止し、練習の振り返りは野球部員だけが閲覧できる『class room』という掲示板を使って行なっています。試合後も顧問によるミーティングは極力短くし、class roomで試合の成果や課題を全員で議論し、私が意味付け、価値付けをするという形を取っています。まずは選手たち同士で議論し合い、ボトムアップの雰囲気が生まれているように思います。
また、この掲示板では試合前の作戦や相手の特徴などもアップすることができます。これによってゲームプランを共有した状態で試合に臨めるんですね。
他には、素振りの動画をアップして、みんなにチェックしてもらったり、私にネット上でアドバイスをお願いしてくる子もいます」
「全校生徒にタブレット端末を支給するなんて、公立校にはとても無理!」と思われた方も多いでしょう。しかし、上越教育大学附属中も国立ではありますが同じ公立校です。iPadは学校からの支給ではなく、各家庭で購入してもらっているのです。保護者は、子どもたちのために必要な投資だからこそ、と納得してIT機器の導入に踏み切ったのだと思います。
いまは中学生にもスマホくらいは持たせている家庭も多いと聞きます。もしかして、前述の「class room」という掲示板ぐらいは活用できるかもしれません。要は、ツールに何を選んでも、お互いに伝えたい意思があれば、いろいろな方法がありえるでしょう。野球部全体で集まれない今だからこそ、中学生の表現力・発信力を鍛える意味で、何かしら試してみる価値はあるのではないでしょうか。
【千葉県柏市・発】芝浦工業大学柏中学校野球部の白坂琢先生。「勝手に学童・生徒保育」という試みに取り組んでいました。「子どもの遊びを止めるな」とばかりに運動スペースを提供して「公共交通機関を使わない」範囲から集まってくる小学生・中学生に対して自由に遊ばせるという趣旨です。野球はもちろん、テニスからサッカーなど競技は問いません。
「フライングディスクやバドミントン、バスケットボールなどを準備だけしておけば、勝手にルールを工夫して遊んでいます。遊びですから、できるだけ私は介入しないようにしています」(白坂先生)
facebookの繋がりから、高校生も集まってきたといいます。
「佐賀県の高校生なんですが、合宿所の閉鎖に伴い帰省中の茨城・守谷と東京・八王子、神奈川・横浜、川崎から来てくれました。久しぶりにグラウンドで練習ができたためか、個々の課題に取り組みながらも笑顔の絶えない時間でした。こちらからお願いすることもなく、自然な流れで小中学生に話しかけ、面倒をみてくれました。素敵な高校生たちでした。この中学生たちが、つぎに小学生に対して、同じようにやってみようと思ってくれたら、よい流れとなりますね」
自然と生まれた野球の輪。各チームに帰って、活動が再開された後にも、貴重な財産として子どもたちの中に息づいていくことでしょう。
高校生も小さな子供たちも
一緒に野球遊びをしよう!
「ちびっこベースボール」
【2020.01.25=千葉県浦安市】
高校野球部の生徒たちが、小学校低学年生、幼稚園・保育園に通う未就学児童を対象とした「野球遊び」に取り組んで、減り続ける野球人口の裾野を広げようとする活動をおこなった。中学と学童野球の交流は例が多いものの、10歳ほども年の離れた高校生による野球教室のような試みは珍しい。当日は、会場である県立浦安高校グラウンドに100人近くの児童が集まって野球の楽しさを存分に味わった。
ちびっこベースボールと名づけられたイベントは、スポーツリズムトレーニング協会の渡辺智典インストラクターによるウォーミングアップに始まる。その後、グラウンド各地で球当て、障害物競走、ティー打撃などの遊びを経験した児童たちは、最後に「ならびっこ野球」というゲームをおこなった。
この「ならびっこ野球」は、置きティーで軟らかいボールを打って走って、駆け抜けた塁に応じた点数を競うもの。守る側は全員がいっせいにボールを捕りにいって、捕ったら投げるのではなく、全員でボールを持つ子どもの周りに集まって「せーの、アウト!」と叫ぶ。
こうして、野球の簡単なルールを経験するという「野球遊び」は初めての子どもにも敷居が低く、野球に興味を持つきっかけとなるだろう。
参加した児童たちには会場校の浦安高校野球部員、国分高校野球部員(いずれもマネジャーを含む)がマンツーマン(年齢の高い児童には一人につき2名)がペアとなって一日中面倒を見ながら、一生懸命になって遊んでいる姿がとても楽しく映っていた。
「私たちが野球に夢中になっていた小学生時代と違って、今はお母さんたちも平日は仕事などで忙しく、土日は貴重な家族との時間。だから学童野球のチームでも、たとえば日曜日くらいは練習を午前中だけにして、午後は家族でショッピングを楽しむなどの時間をもうけさせることが大事なのかな、と少年野球連盟の人たちとも話していました」(国分高校野球部監督 福田匡志先生の話)
千葉県高校野球連盟の若い指導者たちの呼びかけで始めたこのような試みは、来年度も各地区で自主的におこなっていくという。
学童球児の底上げのために
第2回ジュニア・チャンピオンシップ
【2019.12.08=東京・足立区】小学4年生以下の軟式野球、東京都王者を競う「東京都知事杯 第2回東京都軟式野球 マクドナルド・ジュニアチャンピオンシップ」準決勝2試合が足立区の竹ノ塚5丁目グラウンドで行われ、深川ジャイアンツ(江東区)、ナインスターズ(世田谷区)が15日の決勝戦に進みました。第3位は新山クラウンス野球倶楽部B(中野区)、駒込ベアーズ(豊島区)でした。
ここまでわずか2失点の駒込ベアーズ。エースの西田充希君(4年)は準々決勝で大会史上初のノーヒットノーランを達成(試合時間45分で、投球数は43球)
4年生ながら体格に恵まれた選手のそろったナインスターズ。巧みな継投とチャンスに強いバッティングで10対2で快勝した。同点打の海老澤慧人君は3年生
1つ上の5年生が少ないなかでも、4年生を中心に初出場ながらベスト4に進出した駒込ベアーズ。立ち上がりも良く、2点を先制したものの逆転負けとなった
ナインスターズはスーパーリーグ(4年生以下の強化リーグ)で駒込ベアーズとは引き分けていた。これで対戦成績は1勝1分けと勝ち越し。初の決勝に臨む
秋の夜長に一読を…江藤省三氏のジュニア野球入門
巨人、中日の選手として活躍し、引退後も巨人などのコーチ、慶應義塾大学硬式野球部監督も務めてきた江藤省三さん。現在は、千葉県の青少年の野球育成のために尽力をされていると聞いています。その江藤さんが、2011年に刊行した『ジュニア野球 監督・コーチ入門』(池田書店)。江藤さんの経験に加え、千葉県船橋市のチーム「夏見台アタックス」の監督さんに取材したお話が載っています。
「教うるは学ぶの半ばたり(人に教えることは、半分は自分にとっての勉強ともなる)」
これは、江藤さんが教訓としていることわざだということですが、指導者も日々勉強をしていかなければならないと述べています。秋の夜長の読書に、ぜひ読んでみては、いかがでしょうか(ちなみに、文京区の図書館には置いてあります)。
さわやかに開幕! 練馬の東京都知事杯
【2019.10.27=東京・練馬区】6年生にとって、総仕上げともいえるこの秋は各地で「東京都知事杯」の大会が行われていますが、練馬区軟式少年野球連盟主催による「第17回 東京都知事杯争奪 さわやか少年野球⼤会」が練馬区総合運動場で開幕しました。開会式は毎日新聞社のヘリコプターが投下したボールで始球式を行いました。参加チームは都区内・多摩地区を含んだ全36チーム。11月17日(日)の決勝戦に向けて、毎週熱戦が繰り広げられることでしょう。
全日本学童・東京都第3位のレッドライオンズ(清瀬市)は全国出場こそ成らなかったが、ケガの主将・西川君がエースとして復帰。チームも毎回、打者一巡の猛攻による大量得点で4回コールド、優勝に向けて好スタートを切った。
開催地・練馬区代表のペガサスは4-3で初戦を突破。オール練馬にも名を連ねるエース・堀沢君を軸に3回の集中打、1点差に追い上げられた5回は女屋(おなや)主将のスクイズで突き放した。強打の捕手・才所(さいしょ)君は5年生、2点タイムリーの二塁打で存在感を発揮した。
東久留米市のクラウン(2016年全日本学童出場)は中等部にケープシニアをもつ強豪チーム。終盤激しく追い上げたが、無念にも1時間半という時間制限ルールのもとに初戦で姿を消した。
レッドライオンズに1-32(4回コールド)で敗れた墨田区の緑スワローズだが、長い守備時間にもくじけずに高い集中力を守った。ピッチャーを励ます一際大きな声を飛ばしていたセンターの姿が印象的だった。
実りの秋! 柏市では一年生大会始まる
【2019.10.14=千葉・柏市】柏レイソルの本拠地である三協フロンテア柏サッカー場を校舎の向こうに臨む「柏第四中学校」を舞台に、中学校の一年生大会がおこなわれました。この会場のブロックは、田中中学校(過去に全国大会出場経験あり)、芝浦工業大学中学校、そして柏第二中・柏第四中・土中(つちちゅう)の合同チームが総た当りのリーグ戦を戦って、結果は芝浦工業大学中学校が2勝をあげて、11月3日予定の決勝トーナメント進出を決めました。
1年生は10人、しかしそのうちの7名が野球初心者という田中中。少ない経験者のうち、バッテリーはなんと女の子! 男顔負けの叱咤・檄を飛ばしたキャッチャーは、最後にはマウンドにも登った。新人戦は優勝した酒井根中に5対7の善戦の末に惜敗したという。
野球人口減少のなか、芝浦工大柏中は他校もうらやむ1年生12人! 学校の方針から練習日は週3日だけだが、短くても楽しく効率性を求める練習に取り組む。夏休みをへて、ぐんぐんと成長を見せて大きな力に変えていた。
会場の柏四中のバックネット裏に貼られていた野球部のモットー。技術面だけでなく、メンタル面をきたえる上で心得なければならない助言が掲示され、選手たちは毎日これを見て練習に望んでいることだろう。
3校の合同チームの監督を務める、柏四中の猶(なお)正和先生は隣の松戸市立旭町中から3年前に転勤してきた。松戸も野球の盛んな地区。勝者のメンタリティも植え付けられていくに違いない。
幸並中が来春の全国大会初出場!
【2019.09.21=埼玉・飯能市】全日本少年春季軟式野球大会は、中学軟式野球部、中学軟式野球クラブチーム、選抜チームが一同に集まる、中学野球3大全国大会の一つです。
埼玉県の代表決定戦が21日、準決勝・決勝をおこない、川口市立幸並(さちなみ)中学校が、所沢市立安松中学校を8-1(5回コールド)で破って初優勝。来春、静岡県でおこなわれる全国大会への出場が決まりました。
惜しくも敗れて準優勝に終わった安松中ですが、中学から野球を始めた選手が約半数をしめながらも、郡司匡宏先生(前任・飯能西中で全国出場)の初心者からしっかり基本を教える指導のもと、学校生活を含めて日々成長を重ねてきて、過去最高成績の県大会ファイナルに駒を進めました。ミスの連鎖にも負けず、粘り強く守りきった準決勝の奮戦ぶりは見事でした。続いて臨んだ決勝でも先制に成功しましたが、満を持して挑んできた幸並中に最後はのまれてしまいました。でも、一つひとつのプレーを選手同士で話し合い、ベンチを含めて一体感を見せた戦いは健闘を見せました。
埼玉県はこれから、中体連としての県大会出場に向けてブロック大会が始まります。そして、このもう一つの県大会に優勝したチームには、2チーム目の全日本春季出場権が得られるとのこと。そこにも注目したいと思います。
3年生の部員ゼロからのスタートとなり、14名の2年生、5名の1年生で昨夏からチームをつくってきた安松中。初心者を経験者がサポートし、互いに成長してきたが、まだまだ伸びしろはあるはずだ。ここから来夏への挑戦が始まる。
全国出場経験豊富な選抜チーム「川口クラブ」の活動に代表されるように、地区としての野球熱が高い川口市。幸並中は、監督の坂本先生が掲げる「際(きわ)に強く」「心の野球」をモットーに、心身ともに強いチームに成長してきた。
安松中監督の郡司先生は野球選手出身ではないが(サッカーを大学までプレー)、つねに選手目線にたった指導で、選手の潜在能力を引き出してきた。そのことは、卒業した中学OBが外部コーチとして野球部をささえていることをみても十分にうかがうことができるだろう。
大会講評として伊原春樹さんが語っていたのは、「幸並中のほうが、勝ちたいという気持ちが上回っていた」ということ。幸並中野球部部長の西澤先生が言う。「この子たちを見ると、何としても勝たせてあげたいという雰囲気があふれているんです」。決勝前のアップにもそれが現れていた。
日南地区中体連新人戦2回戦
【2019.09.07=東京・日野市】日野第一中会場は、日野一中、大坂上中が勝利を収めました。3回戦は次週14日におこなわれる予定です。
例年、この日南地区から都大会に出場するチームは優勝1チームとなっていましたが、今大会からレギュレーションを変更。準優勝チームもプレーオフに進めることになりました。日南地区準優勝チームは、第8ブロック(青梅・あきる野・羽村・瑞穂など)の準優勝と戦って勝てば都大会出場。同じように、町田市の準優勝チームも、足立区準優勝チームと都大会出場を懸けて戦うことになりました。
日野一.vs七生は延長9回でも決着がつかず、11回でようやく日野一が勝利を収めた。表に日野一が5点を挙げて、その裏の七生は2死から3点を返して、最後まで行方がわからない一戦だった。
日大三高のエースだった吉永健太朗を生んだ南平アトムズをはじめ、学童チームを基盤とする七生中は、エースが9回を投げ切って1失点。日野一は肝を冷やしただろう。いまの七生は平山ブルーサンダースの選手が多く入部してきているという。
昨秋から日南地区3連覇中の大坂上中(秋の都大会では3位)。対する稲城三中は昨年までコーチを務めた村上先生が率いる。結果は3回コールドで勝利を収めたが、次の対戦は気を抜けないだろう。
初心者も多いのか随所につたない守備も見られたが、ショートストップ、ピッチャーを中心に能力の高さと意識の高さもうかがわせた稲城三中。大敗に悔しさをにじませたが、涙は見られず。「強くなりたい」という選手の心がどこまで育つか。
侍ジャパン女子日本代表(U18マドンナジャパン)北澤神楽(大坂上中出身)選手が選出
【2019.09.02=東京】全日本女子野球連盟は、11月に中国で開催される女子野球アジアカップに出場する、侍ジャパン女子代表(U18マドンナジャパン)を選出しました。
埼玉栄高校の北澤神楽(かぐら)投手は、日野市立大坂上(おおさかうえ)中学校野球部出身で、2年の夏、東京都準優勝で関東大会にも出場したサウスポー。翌3年のときには、多摩大会優勝投手にもなりました。大坂上中・沓掛太郎監督は「野球大好き少女です!」と喜びを満面にたたえました。
八王子市中体連新人戦開幕
【2019.09.01=東京・八王子市】初日は、八王子市立第四中、頴明館中、中山中が勝利を収めました。長房中は第2試合、序盤で4点をリードする展開も、徐々に反撃を許し、頴明館に逆転負けを喫しました。
立ち上がりが悪く、2回までに1-5とリードを許した頴明館中。試合に入りきれずにミスも多かったが、徐々に声を取り戻し、1、2回に1点ずつをかえした
そして4回、二・三塁からツーランスクイズが飛び出して、ついに同点! 普段から取り組んでいる練習の成果が出た瞬間だった。選手間の会話も活発になる
1回に3点、2回に2点と小刻みにリードを広げた長房中だったが、頴明館中に呑まれてしまった。最終回も2人の走者を出して粘ったが、時すでに遅かった
試合後、自分たちのどこが良くなかったのか、どう改善したらいいか、選手同士でよく話し合った長房中。課題は見えてきた。合言葉は「すべては夏のために」
「なつぞら」の舞台、十勝・帯広は
季節はずれの猛暑に…負けたべ!
【2019.07.25=北海道・帯広市】7月も終わり、本格的な夏を迎えようという時期、北海道・帯広は寒い夏がようやく明けて、夏休み初日の25日、帯広一中では新チームが本格的に始動した。3年生わずか5人のチームは、十勝大会で惜しくもベスト4で終わった。新チームは2年生7人、1年生2人によるリスタートとなった。
最高気温38℃という、前代未聞の猛暑日に帯広市が見舞われたのは、5月末のことだった。この日、帯広市では春季大会の試合が予定されていたのだが、
「やめるべ!」
とのことで、試合を回避したとのこと。
その後、3年生最後の大会となった夏季大会では、ご存じのとおり、冷夏のなかおこなわれたのだった。
北海道の夏は短く、夏休みも1ヶ月に満たない。この一瞬の夏で、新チームは1年を戦えるための技術・体力・精神力を身につけるべく必死に練習していくだろう。
投手は「一日70球まで」新ルール適用に笑ったチーム、泣いたチーム
【2019.06.10=東京・府中市】全日本学童軟式野球(マクドナルド・トーナメント)東京都大会は、優勝・不動パイレーツ、準優勝・中野コンバッツ、第3代表・山野レッドイーグルス(以上、全国大会出場)という結果で幕を閉じたが、この大会から適用された「投手は1日70球まで」という新ルールは、学童選手の肩・ひじの故障防止という観点からは評価されたが、一方で、戦術部分では大きく試合の勝敗も左右したのではないかと思われる。
要するに、試合の中盤で、70球を超えたら、即交代で再登板(他の守備位置についた後、再びマウンドへ)も認められないというから、監督さんも頭が痛かったところだろう。
たとえば、3回戦のレッドライオンズ 10-9 田柄ボーイズ
田柄の先発ピッチャーの投球数が70球を越えた時点では、その打者への投球が完了していなかったので、最後まで投げたが、その打ちとったはずの打球がエラーに。先発投手は引き続き投げたかったところだが、ルールのために仕方なくマウンドを譲った。エラーした野手にも悔いが残っただろう。結局、この試合は1時間45分を越えて新しいイニングに入らない、という学童野球特有のルールのもと、これからというときに、熱戦の幕が下ろされた。田柄にとっては、まさに、消化不良だった。
一方、勝ったレッドライオンズは、秋の新人戦のリベンジを果たし、続く久我山イーグルスも下した。残念ながら、第3代表決定戦で涙を飲んだが、新しい旋風を巻き起こしてくれたと思う。